第130話 レガシーの青い笑顔



「クラウン様にレガシー様」


 少しばかり驚きながら振り返ってみると、そこにはセシリアの呼びかけに答えて軽く手を上げたクラウンと、その後ろから物怖じ顔で見てくるレガシー2人の姿があった。


「二日目ならちょっとはマシかと思って来てみたんだけど、大盛況だな」

「えぇむしろ昨日よりも今日の方が人が多いくらいです。午後にはもっと人が増えるでしょうけれど……レガシー様、大丈夫ですか?」


 セシリアが思わずそう聞いたのは、それだけ彼の顔が青くなっていたからである。


「人ごみなんて苦手でしょうに……」


 彼等の後ろについている護衛と側仕え二セットの方を窺いながら「何故この暴挙を止めないのか」と思いながら言えば、本人ではなくクラウンが代わりに答えてくれる。


「いやまぁ本人が『どうしても』って言うからさ」


 彼が言うには、その「どうしても」には、「どうしてもフリーマーケットに行ってみたい」というのと「どうしてもついて来てほしい」という二つの意味があったらしい。

 だからクラウンとしては断り切れなかったんだとか。


「後者については俺意外に当てがないのは分かってるし」


 レガシーは未だに、セシリアとクラウン以外の人間と話す事に拒否感を感じる重度の人見知り体質だ。

 当日自分の役割があるセシリアについて行くのは無理と分かっているのだから、白羽の矢はあと一本しか残っていない。


「前者については、まぁ気持ちもよく分かるしな」


 俺も見に来る予定だったし。

 クラウンはそう言いながら「しかし」と振り返る。


「そんなに無理しなくてもいいんじゃないか?」

「いやいや、無理しないと永遠に来れなさそうだったし。せっかくだし、来たいでしょ。だって――」


 呆れ交じりのクラウンから、レガシーの視線がセシリアを向いた。


「セシリア嬢が頑張ってたの、僕だって知ってるんだしさ」


 そう言って笑った彼は、まごう事なく『物珍しい催しだから』ではなく『セシリアが努力して作り上げた催しだから』足を運んだのだ、と言っていた。

 セシリアとしては、これは元々学校の課題、しなければならない事。

 必要に迫られて頑張っている事ではあるが、だからといってそんな風に言ってもらえて嬉しくない訳がない。


 長い藍色の前髪から覗く、黒みがかった黄色の瞳はまっすぐにセシリアを捉え、普段は滅多に見せる事のない微笑を称える彼は、弱気そうではありながらきちんとやる時にはやる『男の子』の顔をしていた。

 それなりには絵になっていた事だろう。

 もし彼の顔が――真っ青で無かったならば。


「あ、ありがとうございますレガシー様。しかしその……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと休めば大丈――」

「あっ、ちょっ、レガシー?!」


 フラァーッとなったレガシーを、クラウンが慌ててキャッチする。

 流石にセシリアも少し慌てて「とりあえずテントの奥で休んで行かれては?」などと言い、ノイとハンツが後ろでスペース確保にパタパタと動き回り始めた。

 声も出せないレガシーの代わりにクラウンが「助かる」と言って来て、従者たち共々ぞろぞろとそう広くはないテントの中へと入って来る。


 なるほど。

 どうやらこういう催しをする際には、外に座れる休憩スペースを作るだけではなく、ある程度ゆっくりと休める救護スペースも必要らしい。

 セシリアは脳内のフリーマーケット改善点のメモ帳にまた一つ追記をしたのだった。




 レガシーが運営テントの奥で寝かされてから、一時間ほど経った頃。

 そろそろ昼時という事で、セシリア達は順番に休憩を取る事にした。


 とはいえ場所は、全員テントの中である。

 人も多くなってきているので、誰かが外に出ている内に立て続けにトラブルが起こったら、物理的に対処するのが難しい。

 そういう理由でノイが軽く買い出しに出て、サンドイッチを買ってきてくれた。

 それを持って、テントの奥へと向かう。


 レガシーの即席ベッドは、ノイとハンツが予備の椅子を並べて上に毛布などを敷いた簡易的なものだ。

 それを、人酔いしたとの事なので、人の目が気にならないようにという配慮でこれまた即席のついたてを作って目隠ししただけという、簡素的な場所だった。


 お陰でドアも無ければ防音なんてまるでない。

 おそらく周りの雑踏やこちらの喋り声はほぼ聞こえていたのだろうという事は、セシリアがそちらに近付いて初めて気が付いた事だった。


「クラウン様、ここでまで僕に付き合わなくってもいいよ。外に出る時に一緒に居てくれれば大丈夫だから」

「それはつまりお前を置いていけっていうのか? そんな事をしたところでお前の容体が気になって楽しめないのは目に見えているから却下だな」


 傍から聞けば、恋人同士がしていてもおかしくないやり取りだが、幸いにも2人の間に甘い雰囲気は微塵もない。

 この二人は本当に仲が良くなったなぁなどと思いつつ、ついたてを隔てて声を掛ける。


「レガシー様、入っても?」

「え、うん、どうぞ」


 おそらく実質居候の身で、まさかそんな配慮をされる事はないとでも思っていたのだろう。

 しかし曲がりなりにも人が寝ているのである、淑女としてはお伺いを立てて当たり前だろう。


「お二人とも、お腹が減りません?」


 ノイに、クラウンとレガシーの分の食事も追加でお願いしておいたのだ。


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