第132話 急がない、焦らない、浮足立たない



「トラブル?」

「このフリーマーケットは、良くも悪くも売る方本人の裁量で値付けが出来るようにしていますから、そういうやりとり自体も禁止していないのです。だからこそ相手も『安くしろ』と言いますが、売る方は出来るだけ高く売りたいと思うのが普通です。そこに闘争の種があるのですよ」


 例えば「誰々の所では値下げしてくれたのに」とか、「相場は何々の筈だ」とか。

 そういうカードを切って来る買い手は大体自分が譲る気など更々無い。

 なのに断り続けられると、段々と言葉がきつくなり、脅し紛いの言葉になる。


「例えば『元々付けた値から下げない事』などというルールをこちら側が作ってしまえば、売り手はあくまでもルールに則っているだけと言い訳出来る訳ですが、その代わり臨機応変な値下げを行えなくなります」

「うーん、そうなると……最初に付けた値段が高すぎたら、その時点でアウト。幾らその後に居座って呼び込みをしても、買ってもらえないからいる時間が無駄?」

「その通りです。このフリーマーケットの主な目的は孤児院への寄付ですが、平民たちはあくまでも『互いの利が合致するところで』不用品を必要な人に安値で渡し、欲しい人は少し安く、あげたい人は少しでも家計が潤う事を目的にして参加しています。買い手だけの為の催しにならないように配慮せねば、いずれ売り手が廃れるでしょう。継続開催が難しくなります」

「なるほど、トラブルを嫌ってルールを縛り過ぎてしまうと、そもそもこの催しが立ち行かなくなるのか」


 セシリアの言葉に、クラウンは感心したように頷く。

 すると横でモシャモシャと食べていたレガシーが「僕にはよく分からないけど」と前置いた上でポツリと告げた。


「それってさ、ちょっとだけ領地経営の話に似てるよね」

「え?」

「あったじゃん。この前の授業で話してた『夜間外出禁止条例』」

「あぁ、あれか」


 レガシーの声に、クラウンが大いに納得をした。

 セシリアも、その話はよく覚えている。


 昔、とある領地が夜間の憲兵出動数の多さをどうにかしたいと考えた。

 憲兵の手間もそうだが、そのせいで元々苦しい領地経営を人員コストが圧迫したのだ。

 原因は酒飲みたちが暴れて乱闘騒ぎだったからそもそもの夜間外出全面禁止令を出してみたら、見事にトラブル発生率は激減。

 人員コストが減らせて領主は喜んだ。

 が、やがて締め付けにうんざりした領民が段々と大量へ流出し、そのせいで税金がガクッと下がり、領地経営は最終的に破綻した……という話である。


「言われてみれば、確かに厳しいルールで縛り付けた結果、組織それ自体が破綻している辺りは似ていますね」

「たかが貢献課題でも、やりようによってはそういう事が実地で学べるって事か……これは結構興味深いな」

「ついこの前聞いた話で『そんなの当たり前じゃん、バカだなぁ』って思った話だったからたまたま覚えてただけだけど、こうして実際に当てはめてみるとセシリア嬢が言ってて『確かに』って納得した辺り、案外『バカだなぁ』って鼻で笑えるような事じゃないのかも」

「当事者になると視野が狭くなり気付かない……という事は、往々にしてあることですからね。中々難しい問題です。でもきっと、だからこそ領主の側には様々な人材を置いて、一人じゃなくみんなで仕事をするのでしょうね」


 様々な角度で物を見るために、なるべく多くの目が必要なのだ。

 セシリアはそう結論付け、二人が「そうかもしれないなぁ」と肯首しながらまるで見計らったかのように、揃ってモグリとサンドイッチを口にやる。

 とその時だった。


「たっ、たいへ、助けて!」


 切羽詰まった大声に、外の空気が困惑に揺れる。

 それを聞き、セシリアはスッと立ち上がった。

 淑女然とした声で「少し失礼しますね」と2人に断りを入れたのは、流石セシリアと言うべきだろう。

 二人から視線を外し振り返った彼女は、食べ掛けのサンドイッチが入った袋をやんわりとゼルゼンに押し付ける。



 表面上は何という事も無い顔をしているセシリアだが、内心は「何があった?!」と慌てていた。


 昨日もトラブルの仲裁をし切れずにヘルプが掛かる事はあったが、ここまで切羽詰まった助けは一度も無かった。

 それを思えば、セシリアが血相を変えるのも無理はない。

 


 ついたてをすり抜け、背筋を伸ばしテントの受付方面へと歩く。

 おそらく駆け込んできたのだろう、助けを求める青制服の背中をさすり「落ち着け、落ち着け」と何度も言うランディーに、慌てた様子から大きなトラブルの片鱗を感じ取り「何があった?!」と問い詰めるハンツ。

 そして「とりあえず現場に急行しなければ」と、慌てて出て行こうとするノイ。


 三人が三人、どうにかしなければという熱意は伝わるが、慌て過ぎていて乱入者の急ぐ気持ちを更に追い立ているような雰囲気だ。



 セシリアは、大きく息を吸い込んだ。

 そしてグッとお腹に息を溜め、「落ち着きなさい」と一言放つ。


 それ程大声では無かった筈だ。

 それでもピタリと四人は止まり、視線が一気にセシリアを向いた。


「トラブルがあった時こそ、皆まずは落ち着いて。急がない、焦らない、浮足立たない。まずは状況把握が先決です」


 セシリアのこの一言で、やっと騒いでた四人共が一度息を深く吐けた。

 そういう空気が伝わって来て、セシリアはまず一度小さく頷いてみせる。

 それから「何があったのですか?」と青服の彼に問いかけた。


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