第127話 フリーマーケットの秩序



 が、彼らは全く気付いていない。

 自分たちが既に墓穴を掘ってしまっているという事に。


 セシリアは「なるほど」と独り言ちた後、満面の笑みで「ありがとうございます」とお礼を述べた。

 リッツは怪訝な顔になるが、次の言葉で嫌な予感を覚えたのだろう。

 すぐさま不安に顔色を塗りつぶされてしまった。


「『知らぬ間柄』と言っていただけて良かったです。もし『これら全ては一つの場所で出店させる予定なのだ』とでも言われれば、こちらも監視を付けた上で一度は会場内に通さなければならなかったですから」


 彼等の逃げ道は全て塞がれたと知り、セシリアは持っているカードを躊躇せずに全て切る事を決める。


「実は私達、貴方の今日の動向には目を光らせていたのです。ですから実はこの三台の馬車がリッテンガー商会を経由してやってきた事も、彼らが商会で雇っている新参商人である事も既に知っているのですが――リッツさんなら『そのようなもの、見間違いか罠に掛けようとしているかのどちらかだ』と言われるのがオチでしょうから、今証明できる決定的なものを一つこの場で示しましょうか」


 セシリアはスッと腕を上げた。

 まっすぐに指を指されたリッツはたじろぎ一歩後ろに下がるが、セシリアが真に指したいのは彼じゃない。


「その馬車、御者席の後ろに目隠しが無いのは幸いでした」


 彼女が指摘した通り、御者台の後ろの積み荷台は前からも荷物が見えるタイプだ。

 が、正直言ってここに居る全員がそんな事を気にしないくらいにはこの場の異変を肌で感じた。


 セシリアは、確かにニコリと微笑んでいる。

 それは正しく絵にかいたような良い笑顔。

 にも拘らず、「場の温度が二度ほど下がった」と感じるのは何故だろう。


 彼女のベリドットの瞳は、まるで笑ってなどいない。

 いやに優し気な声が、逆に彼女の怒りを示す。


「積んでいる荷に描かれているその紋章、リッテンガー商会のものですよね? 面識のない筈のそちらの馬車にも、あちらの馬車の荷にも同じ紋が刻まれているのですが、さて貴方方は紋章を付けたまま他者に売り渡すのですか……?」


 否、普通ならばあり得ない。

 各商会を象徴する『商会紋』は、すなわち信用の証である。

 それを付ける事は、「その商会のブランドである事を保証する」と共に「その商会の責任で販売する」事でもある。

 その信用を他者に勝手に使われては困るから、誰かに売った時点で木箱は紋なしにするのが商売上での常識だ。


「あ、や、これは、偶々間違えて――」

「品そのものに印字されているのなら未だしも、仮にもリッテンガー商会ともあろう大店がそんな初歩的なミスをする筈などまさか無いでしょう?」


 コテンと首を傾げながら有無を言わせぬ圧で言う。

 この場合、「もちろんそんなミスする筈がない」と言えばルール違反は確定するし、「ミスだ」と答えれば大商会としての信用に関わる。

 どちらを選ぶかは本人の好きにすればいいが、どちらにしても傷は負う。


「我がグループの中にも商人を目指している者がいるのですよ。それを、そんな初歩的な部分さえ隠さずに謀れると思っているのですから、どうやらこちらを余程『バカだ』と侮っていらっしゃるようですね……?」


 彼女の指摘に、リッツは最早押し黙る事しか出来なかった。

 反論無しと踏んだセシリアはおそらく彼らが元来ただろう道を「さぁ」と言って指す。


「お帰りください。以前もちゃんとお話ししました。ルールが守れない方は、総じて出店禁止ですので」


 今更「じゃぁ一店舗だけの出店に減らすから」などと言われて「はいそうですか」となるほど世の中は――否、セシリアは甘くない。

 

 彼女の雰囲気に気おされて、その上後ろのユンが腰元の剣に手を掛けた事も相まって、彼は大いに怯んでくれた。



 結局こちらを一度キッと睨みつけた後、彼らは踵を返す事になった。

 欲張ったが故にただ荷物を連れて散歩をしただけになった彼らが一体どんな顔をしていたのか、それはセシリア達の知る由もない。

 が、少なくとも『ルール違反は即刻締め出し』という秩序は、示す事が出来た。

 それも、リッツによって集められた多くの視線のお陰で一定の宣伝効果が見込めるだろう。


(これで少しは、この三日間のトラブル抑止になれば良いのだけど)


 そう思いつつ、息を吐く。



 トンダが安堵しながら「これで妨害の芽は摘めましたね」と言ってきた。

 それに「えぇ、とりあえずはね」と答えながら、セシリアの心中はまだ晴れない。


(こちらに権力と武力があったとは言えど、あまりにもリッツが素直に引き下がった事が引っかかる)


 言えば懸念が現実のものになる気がして、セシリアは敢えて口にはしなかった。

 しかし一日目が無事に終わり安堵した翌日の二日目に、事は起きてしまったのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る