2日目

第128話 取り合いされる、穏やかな朝



 フリーマーケット二日目の朝、セシリアはこの日もやはり開場前に見回りをしていた。

 

「セシリア様! 昨日もでしたが、何故今日もこの時間に見回るのですか?」


 従者を連れたセシリアの今日のお供は弾んだ声のノイである。



 実は昨日、あれから他のみ回りも済ませた後で運営テントへと戻ったランディーが、二人に少し前に見た『大商会お帰りください事件』の話をしたのである。

 すると、何とノイが地団太を踏んだ。


「私も見たかった!! セシリア様! 次のお供は私にしてください!」

「り、立候補式なら私もぜひ!」

「ちょっと待て! 今日一日は俺がセシリア様とペアだって決まってただろ?! オッサンのなけなしの勉強の場を奪わないでくれ!」


 ノイだけじゃない、彼女の言葉に乗る形でハンツまでガタリと立ち上がり、それをランディーが「予定を崩されては困る」と静止する。

 三者の勢いにちょっとあっけに取られていると、スッと耳に口元を寄せてきたメリアが笑う。


「セシリア様、モテモテですね」

「モテてる……のかしら?」


 まさかの初めての引っ張りだこ。

 ちょっと対応に困るが、求められて嬉しくない訳じゃない。

 言葉では困惑を示しながらも思わず口角が緩んでしまう。

 と、それを見逃すゼルゼンではない。


「嬉しいんですか? モテモテ」

「えっ、別に嬉しくないけど」


 嘘である。


 だって学校が始まって以降出来た知り合いには、悪感情を向けられるか遠巻きに見られるような感じだったのだ。

 日常会話はしていてもどこか一線を引かれていたというか、伯爵令嬢だからなのか、それとも他の理由なのか、尊敬のまなざしを向けられるような行為の示し方をされる事が殆どだった。


 そうでなくとも、学校に行くまでのセシリアの世界は主従か社交の二択だった。

 どちらも本人の前であからさまな取り合いが始まる様な事態は、礼儀知らずではしたないと思われるような世界である。

 目の前で自分を取り合えってギャイギャイとされる事なんて、セシリアにとっては新感覚。

 口の端が浮くのも、仕方がない――などという心情を、セシリアは決して吐露した訳ではなかったのだが。


「まぁアレです。良かったですね、セシリア様」

「……ねぇゼルゼン、私何も言っていないと思うのだけど」


 思わずジト目を彼に向けたが、当の本人は無言の笑顔でそれに応じただけだった。



 という訳で、結局昨日は予定通り一日ランディーと共に行動し、今日は見回り如きにルンルンなノイと一日一緒だ。

 因みに明日、最終日がハンツの番。

 元々そういう予定だったのだから、誰にも文句はない形である。


「ねぇノイ? とっても期待してくれている所悪いのだけど、昨日のような事はもう起きないと思いますよ?」


 というか、起きて欲しくない。

 そもそも『昨日のような事』とはつまりトラブルという事なのだから、誰だって「起きないに越した事はない」と思っている筈、なのだが。


「しかし私、まだ一度もセシリア様がババンと沙汰を下したところを見た事がないのです! トンダもランディーも見たのに! それってズルいと思いません?!」

「沙汰って一体何なのですか」

「どなたかに引導を渡すかのような、凛々しく美しいセシリア様の事ですよ!」


 そんな私が、一体いつ降臨したのだろうか。

 セシリアは思わず目が遠くなる。


「私、入学式でアンジェリー様とキャシー様の間に入った一件の話を人づてに聞いていたのです! 似たような事態がすぐ近くで連続的に起こっているのに、それを目撃できないなんて、なんて間の悪い」

「えーっと、課題グループでの初期の話し合いではダメなのですか?」

「アレはどちらかというと調停です! 私はもっとビシッとやって相手が逃げ帰る様なのが見たいんです!」


 どうやらノイの中にはきちんと見たいモノの線引きがあるらしいが、擬音ばかりで正直言ってセシリアには全く分からない。

 思わず首をひねっていると、メリアが「あぁ」と小さく納得声を上げた。


「最近メイド科の中で、とある善悪逆転劇が流行っていますね」

 

 なるほど、つまりノイはその流行りにウッカリ乗せられているらしい。

 思わず小さくため息を吐いたが、すぐに「まぁいいか」と気を取り直す。


「とりあえず、早く見回りを済ませましょう。あまり油を売っているとすぐに開場時間になってしまいます」

「あっそうですね、行きましょう!」

「ノイもきちんと周りの準備に不備やトラブル、困った状況になっていないか。きちんと見ながら歩いてくださいね?」

「はい!」


 こうして今日もセシリア達の見回りが始まった。


 

 出店ブースは今日もほぼすべて埋まっている。

 中にはぽっかりと空いた場所がチラホラあるが、一日目の例の一件に加え、どうやら病気などの個人の事情らしかった。


(これについては、スペース活用を要検討……かしら)


 他がひしめき合い賑わっているだけに、突然の空スペースがやはり視覚的に少し寂しい。

 催しの盛り上がりに若干水を差している様な気もするので、何か考えなければならない。


「とりあえず出禁になった所の土地は明日も埋まらない事は決定事項なのですから、隣の出店スペースに詰めてもらった方が良いでしょうね」

「出店場所には番号が割り振られていて、出店者は地図と立て看板を見て自分の番号の場所で出店してるんですよね?」

「えぇ。ですから今日の終わりの立て看板の位置をずらしましょう。一応一つずつズレている事を添え書きしておけば、皆それ程混乱なく詰めてくれると思いますし」

「分かりました。えっと、土地の線引きは……『警備計画・指揮管理』セクションの持ち場でしたよね? 後で明日の通達として出しておきます」

「お願いします」


 突発的に空いてしまったところは、今回は仕方がない。

 学校につけるレポートに「次回に向けた意見書」として何か書いて出せばいいだろう。



 それ以外は、特に懸念点も無かった。

 一応主催者の中に貴族が居るというのも助けてか、出店者たちは意外と行儀が良いし、たまに出店の荷物を運ぶ時に「道を譲れ」と小さな騒動も起こるが、張り切っている青服の生徒がすぐに気付いて取り成している。


 最初こそ上から目線になって更に一悶着になる事も懸念したが、その辺はロンが筆頭になって意識管理を思いの外徹底しているらしい。

 騎士科の制服は見ただけで騎士を彷彿とさせるからおそらく視覚的効果もあるのだろうが、彼の統率力、それ以前に言う事を聞きそうにない者を見事にシャットアウトしたその選別能力も中々だ。


 『店運営(会計)』セクションも、昨日の売り上げをチラッと見せてもらった感じでは中々好調だし、今も店の準備をする傍らで、ゴザの貸し出しをして欲しがっている出店者たちにテキパキと対応をしているようだ。


 『商品管理・陳列』セクションも今フル稼働で忙しなく動き回ているし、彼らに混ざる雇われの貧民たちも、不真面目な様子も浮く様子も無く、ちゃんと仕事をしている様に見える。


 実は昨日の終わりに少し「貧民たちはどうだったか」と各セクションのリーダーに聞いてみたのだが、「普通に問題なかったですよ? 小さい呼び込み担当達も、思いの外好評だったみたいですし」とは、『商品管理・陳列』セクション・トンダ談。 

 「ビシバシと指示を出してやりましたわ!」とは、『店運営(会計)』セクション・アンジェリー談だ。


 特に後者のアンジェリーは、学校でさえ言動が厳しくダメなものはすっぱりとダメというタイプ。

 言動がキツイ方なので人間関係がギクシャクしないか心配だったが、そんな彼女から不平不満の類を言わなかった辺り、おそらくそれなりに上手くやってるのだろう。


「うーん、何も起きていませんねー……」


 一周回り終えたノイは、不服そうにそう言った。

 セシリアは、思わず「ちょっとノイさん」と呆れ声を発する。


「そんなに残念そうな声出さないでください。何も無い方が良いんですから」

「むーん……」


 分かってますよ、と言った彼女は、本当に分かっているのだろうか。

 かなり残念そうである。

 「セシリア様とはまるで正反対のモチベーションの持ち主ですね」とは、呟くように言ったメリアの声だ。

 それに「水と油ですね」と応じたゼルゼンに、ユンが「まぁ、傍から見たら良いパランスではあるけどな」とあっけらかんと言ってみせた。


 二日目は、そんな平和な始まりだった。



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