適材適所プロジェクト

第116話 『自分』を作るための環境



 目の前の一件が解決し、少し経った頃。

 邪魔者が消えスムーズに回り始めた受付に、セシリアは小さく頷いた。

 

(一度修羅場を乗り切ったのです、トンダさんもこれで冷静さを取り戻せたことでしょうし、もうそろそろいいかしら)


 セシリアは、何も用事があってここに来たわけではない。

 そもそもここはトンダの領分だし、セシリアが居る必要は無いのだ。

 それでも居合わせられたのは、単に「初日だし、ついでにチラリと様子を見ておこう」と思い至っただけである。


 では、一体何の「ついで」だったのかというと。


「では行きましょう、もう貧民街の皆さんも集まっている時間でしょうし」


 トンダに暇を告げたセシリアは、建物から外に出てそう言った。


「予定より少し遅れてしまっています」

「グレンのやつなんて、『まだかよ』って騒いでんじゃないか?」


 ユンの軽口に、セシリアも「確かに言いそうですね」などとクスリと笑う。

 が、どうやらメリアには許容できない事らしい。


「なるほど、話には聞いていましたが、それ程までに無礼なのですか。ならば埋めましょう」

「ちょっとメリア、お前なぁ。真面目な顔して怖い冗談言ってんなよ」

「冗談ではないけど」

「え……?」

「冗談よ」

「おいコラ!」


 小気味いい幼馴染同士の応酬に、セシリアはまたクスクスという笑いを堪えられない。

 が、その裏で密かにこうも思う。


(それにしても、メリアもちょっと変わったかしら。王都に来るまではこういう冗談はあまり言わなかった気がするし)


 そう思えば、やはり環境というものは『自分を造る』という肯定において非常に大切なものなのだろう。

 そう、大切なのだ、環境というものは。


 だからこれからセシリアは、その『環境』というものを造るために動くのである。



 ***



 目的の場所は、平民街の一角だった。

 

 郊外でも良いから、外にそれなりの大きさの場所があり、近くに川か井戸があり、出来れば屋根の付いた建物がある場所。

 ランディーにそうお願いしたところ、3つの場所が提示された。


 1つ目は、郊外の川のすぐ近く。

 周りに何もないため場所は確保されているのだが、屋根付きの建物は存在しない。

 

 2つ目は、街中。

 商店街のすぐ裏で井戸は勿論、ちゃんとした屋根付きの家がある。

 住みやすい場所ではあるが庭のスペースに少し難があり、集まる人数によっては狭くなる可能性がある。

 

 3つ目は、貧民街と平民街の丁度境にある場所。

 広さもあり、あるいてすぐの1分の所にまだ使える井戸がある。

 納屋のような小屋があるが、十分雨風は凌げるだろう。


 彼に正しい情報が欲しいと言ってこれらを教えてもらい、セシリアは3つ目を選択した。


「え、どうして2つ目じゃないんです? 正直言って平民でも住めたら嬉しい中々の好条件だと思いますが……」


 ランディーにそんな事を言われ、セシリアはまず頷いた。

 しかしすぐに「しかし」と言葉を続ける。


「もし沢山の人が集まってくれたのに狭いのでは、折角善意と向上心で集まってくれた方々に不便を強いるでしょうし、平民でも住みたいような物件にいきなり貧民が住んでしまうと周りから反感を買う可能性だってあります」

「確かに……それは望むべきところではないですね」

「ですからそういう場所には自分の力で住んでもらう事にしましょう。こういう好条件は、自分の力で得る事にこそ意味があるでしょうし、そして何により――」


 そこまで言って、彼女はフッと苦笑した。


「過ぎた施しや融通は、グレンが最も嫌う事のような気がします」

「あぁまぁ、それはそうかもしれませんね」


 ランディーも、おそらく想像できたのだろう。

 同じく苦笑いして、この話は決定したのだった。




「あそこですね」


 メリアに言われ、目的地へと目をやった。


 事前に彼が教えてくれていた通り広い庭と小さな小屋がある場所で、庭には5歳くらいの子供からおじいさんまで、それなりの数の人が集まっている。

 どうやらグレンはちゃんと人集めをしてくれたようである。


 

 セシリアを筆頭に、3人は庭へと入っていった。

 すると、最初に気が付いたのがグレン。


「遅ぇよ。こういうのは時間厳守だって知らないのか?」


 そう告げた彼からは、その言葉とは裏腹に安堵の表情が見える。

 が、彼のひねくれを額面通りに受け取ったメリアは真顔のままで瞬間的に沸点を越えた。


「……セシリア様、ちょっと彼を捻ってきます」

「え、いや、ちょっと待て!」

「ダメよメリア。彼はそもそもああいう物言いしか出来ないの。だから大目に見てあげて?」

 

 早歩きで前に数歩踏み出した彼女の手首を、しっかり掴んで引き留めたユン。

 セシリアも重ねて止めれば、クルンと振り返った彼女は相変わらずの真顔で告げる。


「私、ユン以上にセシリア様に対して失礼な人を始めて見ました」

「俺?!」

「セシリア様と初対面の時――」

「それもう8年の前の事じゃねぇか!」


 完全にとばっちりなユンが「そんな事今更引っ張り出してくるなよ!」とやいやい言い、ある意味いつも通りのやり取りにメリアの心が少し平常運転になる。

 ユンのこの尊い犠牲がこの場を救ったと言っても過言ではない。


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