第115話 初めて抱いた『商人』以上の僕の夢 ~トンダ視点~



「たかが学校の課題、子供の遊び。しかもお抱え商人が『正当な理由で突っぱねられたから』という事ごときの腹いせに、男爵家とはいえ貴族家を一つ潰す。商会内に公爵家の血縁でも居れば分かりますが、そうでないのなら貴族界で囁かれる噂にしてはあまりに恥ずかしい話です。その上今回は王族の承認事項ですから、王族を敵に回しその理由として広まるだろう醜聞を許容してまで、公爵家が味方になってくれるのかは……まぁ少し考えれば分かりそうなものですけれど」


 味方なんてしてくれる筈がない。

 彼女の言い回しから、トンダでもそうだと分かったのだ。

 大人の、しかも普段から貴族の相手をしている人間が、この意味を測れない筈がない。


 必殺技を容易に突き返された男は、フルフルと俯いたまま震えている。

 怒りなのか、混乱なのか、怯えなのか、それとももっと別も何かか。

 理由はよく分からないが、別に分かりたくもない。


 

 と、ここでセシリアが初めて男から視線を外した。

 

 代わりに見たのは自分のメイドその後で後ろにフイッと視線を向ける。

 するとすぐに、メイドがスッと一歩進めた。

 セシリアとトンダの後ろで立ち止まると、カタンという音がする。


 何だろうと振り返ったのと、吹き込んでくる暖かな風を感じたのはほぼ同時。

 閉まっていた窓が開いたのだと気が付いた時には、既にセシリアの口から言葉は滑り出していた。


「出店で一口に貸し出す敷地面積は一律。商会等、商売や仕入れに関連する団体が結託しての複数口応募と、個人による複数口応募、代理者による応募など、既に提示しているルールは、個人への便宜や公爵家の権力に屈して変わる事などありません」


 セシリアは、キッパリとそう言い切った。

 その声は不思議と室内に、そして外にも響いたようで、特に外から「何だ何だ?」と覗いた人たちが「もしかしてあの人に何か言われて話をしているのか?」と気付き始める。

 中には商会長の顔と名前を知っている者達も居て、すぐに「大商会の会長が子供相手に脅したらしい」とか何とかいう、この会話に基づく憶測が飛び交い始める。


 目の前のこの男にとっては厄介で、こちらにとってはありがたい事に、その憶測は真実に限りなく近い。

 そしてそれは、元々ポスターでこの催しの主旨を知っている者達の「商売じゃなくて慈善事業の一つだっていうのに」「これだから商人は、すぐに儲けたがっていけない」などという声が外でも少し囁かれる。



 男は今、さぞかし顔を覆うか隠れたい事だろう。

 だって今間違いなく、彼はこの場で晒し物になっており、子供に負けるに留まらず、恥の上塗りをしている真っ最中なのだから。


 それでもそう出来ないのは、彼のプライドが逃げ隠れという行為そのものを邪魔している事に加え、実際に隠れられる場所が無いからに他ならない。


「ですから提示したルールをよく読んで、自分が置かれている状況をしっかりと見て、考えて、行動する事をお勧めします」


 ものすごい見せしめだ。

 トンダは思わずそう思う。


 だってそうだろう。

 これなら他に色々と言っていた者達も、中々口を出せないだろう。

 公爵家の名を出しても曲がらなかったルールなのだ。

 どうせ言い負かされて、このように恥を掻くのがオチである。


「それで、リッツさん。出店はいかがしますか?」


 にこりと笑ってセシリアがそう尋ねると、まるでやっと金縛りから溶けたかのように彼はバッと立ち上がる。

 そして一言「考え直す」と言ってその場を後にした。

 

 トンダとしては正直言って面倒なので出店自体を取りやめてほしいところなんだけど、何で保留にして帰ったのか。

 これだけ恥を掻いて帰ったんだし、大商会なんだから元々店舗を持っているのだ。

 別にフリーマーケットに出る必要もない。

 否、むしろ損だ。

 だってルールに『定価よりも安く売る事』というのがあるのだから。


(それこそ赤字か、黒字って言っても微々たる利益で売る必要が出てくるわけだ。自分の所で定価で売った方が余程、利益は上がる筈なのに……)


 もしかして利益以外のものを求めているっていうのか?

 商会なのに?

 もしくは売れ残りを処分したくて?

 でもそれならば、別に店舗で普通に売っても同じ――。


 と、ここまで考え至ったところで、やっと一つの可能性を思い出す。

 別に忘れていた訳じゃない。

 それはそれとしてちゃんと頭にあったのだが、偶々それらの因果関係に思い至らなくてというのと、単純にパニックだったから頭が回っていなかった。


「そっか、コレ『革新派』の……」


 そう言えばセシリアが派閥の話をした辺りから、男はセシリアから目を逸らし続けていた。

 そんな事を、今更ながらに思い出す。



 セシリアの方を見れば、丁度彼女と目が合った。


 その表情は普段の彼女に舞い戻り、その瞳は漏れ出た彼の呟きを肯定するようにゆっくりと瞬く。

 そして。


「その観察眼は及第点です。あとはどんなトラブルを前にしても落ち着いて頭を回す事、考え続ける事が習慣に出来さえすれば、商人として大成もできると思いますよ?」


 商人科に属するトンダは、当たり前だが商人志望だ。

 そんな彼がセシリアにそのように評価されるという事には、今の自分にもっと努力が必要な事と、そのポテンシャルを評価されたという二つの意味が存在する。


 つまり気持ちは複雑だ。


(僕、将来絶対にセシリア様に「流石です」って言わせてみせる)


 彼はこの時初めて、『商人』よりもより具体的な夢を抱いた。

 しかしそれを、セシリアは多分当分知らないでいる事だろう。


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