第114話 セシリア様、容赦ない ~トンダ視点~



 そんな涼しい瞳で、笑顔で、よくそんな事が言えるものだと、安心感が出てきた今、むしろ感心してしまう。


 右側で彼女の護衛騎士が「はっ」と笑った。

 それを受けてか、メイドがそのわき腹を肘でつつくのがぼんやり見える。

 それで騎士は大いに「いっけね」という顔をするのだから、かなり余裕がありそうだ。


 が、どうやらその分相手には、この言葉はよく効いたようである。


「恐れながら場の空気が読めないのも、現状も全く見えていないのも貴方の方ですセシリア様。貴方は全く公爵家に睨まれるという事の意味を理解していない。……まぁそれもその年齢であれば仕方が無いのでしょうが、ならばこそ、ここでそのような不用意な発言や即決は控えた方が良いでしょうな!」


 早口で、一息で、噛み殺すような声で、彼はそう言い切った。

 が、それでも依然としてセシリアの顔は涼しい……と思ったら。


「貴族社会を分かっていないのは貴方です、リッツ」


 呼び捨て。

 だが、それが気にならないくらい、彼女の声は低かった。

 笑顔のままだっていうのにこんなに低い声が出るものかと思わず感心していると、相手が再び押し黙ったのを見計らったかのように淡々とした口調で再び話し始める。


「全く以って自慢にもならないのですが、我が伯爵家は過去に数度、かの公爵家と政治的、または家的にぶつかっているのです。実際に私も社交界デビューの年に、その席に呼ばれ真正面から『場合によっては敵対する事も厭わない』と現公爵夫妻に告げています。そして我が家も、それを良しとする家風です」


 知らなかった。

 そんな事があったなんて。

 

 社交界デビューの年と言えば、トンダは退屈なお茶会の傍ら、同年代の子達と一緒に庭園を走り回っていた記憶しかない。

 それは去年も大して変わり映えしなかったのだが、そんな彼と比べて彼女はどうやらそんな漏らしちゃいそうな場所に居たらしい。


 セシリアは確かに当時から目立っていた。

 大人に混じってよく話している姿も見たし、両親の会話にもよく「凄いなぁ」というような内容で出ていた気がする。


 何か彼女が一時期ものすごく噂になった気はしたが、正直言ってそんな事にはてんで興味が無かったトンダはその内容を覚えていない。

 しかし「もしかしたらその一悶着の中に公爵との一幕があったのかも?」と想像するくらいなら、今はもう出来る歳だ。


「公爵家とは少し距離を置いていますが、それでも会えばいつも挨拶をします。商人であるリーツは分からないかもしれませんが、貴族界では一般的に挨拶は階級が上の者が下の者に声を掛けて初めて始まるのですよ」


 それは聞いた事がある。

 というか、親に散々言い聞かされた。


 お願いだから公の場では仲良くしている子であっても子爵以上の家の子には自分から駆け寄って挨拶しないでくれ、と。

 当時の彼はちょっと意味が分からなかったが「そういうものだ」と言われたら「そういうものなのか」と納得するくらいには聞き分けが良かった部類の子だった。

 お陰で自身は粗相をした事はないが、友人でやらかしたヤツはその後こっぴどく叱られていたし、相手には平謝りだった。


 そんな貴族社会において、二つも下の爵位の人間を相手にして挨拶をする事は、つまり相手がセシリアを「見つけたら挨拶すべき相手」として認めているという事だ。

 もっと言えば「無視できない相手」だと思っている。

 ……と考えれば、思わず青ざめたくなるくらいには目の前の彼女が権力的に大きく見える。



 前を見れば、そこには案の定というべきか。

 顔を真っ青にした男が居た。

 おそらく今更になって、彼女が敵に回してはいけない相手だと理解したのだろう。

 確かにさっき言われた通り、彼は『場の空気が読めないどころか、現状も全く見えていない上に情報不足だったらしい。


 が、そんな彼が見えている筈なのに、セシリアは更に続ける。


「彼の家に対する影響も考えなくて良いでしょう。我が家は中立ですが、彼は『保守派』の家ですから、『革新派』の筆頭であるヴォルド公爵家から手を出されたとあってはおそらく『戦う口実が出来た』と勢い勇んで表立って上げ足を取りに来るでしょう。『保守派』は二年ほど前に、派閥削減の憂き目に遭いましたから」


 その時の影響がやっと引いてきた今こそ、相手の優位に立つための材料がちょうど欲しいところでしょうし、おそらく「男爵家程度」と捨て置く事はないでしょう。

 そう言ってクスリと笑った彼女を横目に、トンダは内心で首を傾げる。

 

 よく分からないが、どうやら政治派閥の内情にも色々な事があるらしい。

 彼には彼女の「おそらく」が「絶対」に聞こえてしまう程の自信を声から感じたので、ただそれだけでホッとできる。


 よく考えれば至極不思議な事ではあるけど、よく考えれば彼女の言葉で「あぁ、彼女が言うなら間違いない」と思った事は今までにも結構あった。

 それが果たして彼女が上位貴族家の令嬢だからなのか、それとも彼女だからなのかはよく分からないが、今大切なのはそこじゃない。


 大切なのは、彼女は信じるに値する人物で、そう思わせるだけの実績もあるという事だ。


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