第113話 ちょっとチビッちゃいそうだけど ~トンダ視点~



 トンダは今、混乱の極みの中に居た。

 


 今日は出店受付を始めて最初の休日だ。

 だから元々街の受付に来る予定にしていたし、それなりのトラブルも最初から想定済みだった。


 そもそも物事が最初からスムーズに行く事なんて、滅多に無い幸運だ。

 むしろ平日に街の窓口を担当してくれているという王城からの派遣員から懸念事項の申し送りがゼロだったのが、意外だったくらいである。


 しかしもしそうだとしても、今日この日が平穏に過ぎる保証はない。

 だからちゃんと覚悟は出来ていた……のだが。


(ひぇぇぇぇぇぇ……)


 心の中でさえ、彼には今、そんな声しか出せない始末だ。



 そう。

 揉めてるところにセシリアが出てきてくれたのは、非常に、そりゃぁもう非常に助かったのだ。

 けど、まさか彼女がこんなに怖いだなんて。

 

 学校では絶対にしない顔を彼女はしている。

 というか、笑顔なのに圧が強いって何だソレ?!

 意味わかんない。

 怖い怖い怖い!

 なんかもう、鳥肌なんか可愛いくらいだ。

 ちょっとチビッちゃいそうである。

 

 それでも一応男なので、なけなしの勇気を総動員して歯を食いしばっていると、商人の男がなんとこちらに『公爵様の権威』をチラつかせてきた。

 

(この商人、えらく上からだなと思ったら、公爵様の後ろ盾があったのか……!)


 どうりで。

 そう思わずにはいられなかった。

 そして同時に、彼は敗北を覚悟した。



 せっかく練りに練った、課題の主旨を満たすための平等ルールだったけれど、こればっかりは仕方がない。


 公爵様なんて敵に回したら、確かに僕の家なんてすぐにペチャンコだ。

 それに何より、僕達の『貢献課題』もだ。


 結局これは学校行事の一環だ。

 そして幾ら学校だって、結局権力には敵わない。

 きっと僕たちの今までの努力やこの課題に込めた気持ちなんて汲んでくれない。


 そんな風に思っているトンダが居る。

 

 それが貴族階級と権力というものだから、そういうものには折れておくのが我が家の家訓だ。

 そう言ったのは彼の父であり、それに母も姉もみんな「それこそ賢い生き方だ」と大根を引き抜き頬に飛んだ泥を拭ってニカッと笑っていた。


 だからどれだけセシリアという人間がスゴくても、彼女が貴族である以上そのハードルを越える事は出来ないだろうと、この時トンダは諦めた。

 そして「なるほど、公爵家ですか」と呟くようにそう言った彼女に、「あぁやはり」と視線を落とす。



 確かに彼女は『平民も貴族も関係なく等しく課題の中で自らに出来る事を探すべき』と説き、実際にソレを今見事にさせている訳だけど、それも所詮は学校内での話。

 あの学び舎の外で、大人の、それも自分のよりも大きな後ろ盾を持った人間相手に立ち向かうのは無理であると、そういうモノだと思った――のに。


「で? それが何だというのです? 私を脅したつもりですか?」


 その言葉に、思わずトンダは弾かれた様に顔を上げた。

 彼女を見れば、先程までと同じく笑みを浮かべたまま。

 

 が、何故だろう。

 先程でさえチビッちゃいそうと思ったのに、今はもうそんな衝動は通り過ぎた。


 別に漏らした訳じゃない。

 彼女から感じていた得体のしれない恐怖が吹っ切れむしろ安心感さえ芽生えてきた、という意味だ。



 もしこの黄緑色の綺麗な瞳に見据えられていたのが自分だったら、おそらく漏らしちゃっただろう。

 が、幸いにもその目は敵を見据えているのである。

 その事実が、彼女が自分の救世主たる証明だ。

 となれば、これほど心強い事実も無い。


「で、ですからこれを断れば公爵様はお怒りになる。そうすれば家に影響が――」

「なるほど、貴方は場の空気が読めないどころか、現状も全く見えていない。その上情報不足だと。全て承認に必要不可欠なスキルでしょうに、全てをお持ちでないのですね?」


 喧嘩を売った。

 それだけはトンダにも明確に分かった。


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