第112話 ユンは胸を張り『歯に衣着せぬ物言い』を
「しゅ、出店募集の応募要項の内の一つに『応募一口に対し割り当てる敷地は一律とする』というものがあります。その為、どのような方相手であっても占有地を増やす事は出来ません」
緊張からか、変に声の大きくなったトンダの言葉は、実に端的で分かり易かった。
が、嬉しい事にそれだけでは終わらない。
「また、『同じ人物の名で複数口応募する』『他の方のお名前で代理応募する』『同一団体内で複数人の代表者を立ててそれぞれに応募する』という対応もしかねます」
室内の誰にでも聞こえる声量だった事は勿論、目の前の男との間に一体どういう取引があったのか。
彼の『配慮』にどんな意味合いが込められていたのかを、綺麗に教えてくれたのだ。
実にいい仕事をしてくれる。
「ありがとうトンダ、よく分かりました。――さて、リッツさん」
お陰でセシリアは、標的を見てただ一言こう告げるだけで事足りる。
「今彼が説明したような理由で、貴方の要望には沿えません」
「セシリア様、それは少し頭のいい選択だとは思えませんな」
「あらそうですか?」
彼のこの物言いに、ユンが少し殺気立った。
彼のこういう主人想いな所は実に頼もしい。
が、あまりに沸点が低いところは出来れば直した方がいい。
彼の柄に伸びた手を片手をあげて制しながら、セシリアは「じゃぁ試しに聞いてみましょう」と言って笑った。
「ねぇユン? 今の話を聞いていて、貴方には今のこの状況がどのように見えているかしら?」
「……言葉を選んだ方がいいデスか?」
「今は貴方の率直な意見が聞きたいわ」
「じゃぁお言葉に甘えて」
そう言って、彼は両手を腰の後ろで組んで胸を張り、一息に言う。
「俺にはこのオッサンが『元々あるルール確認せずに来たどころか、自分の我儘が通らないと分かったら今度は便宜を図れと言ってきて、それさえ通らないと分かればダダを捏ねてこっちが折れるのを待っている、子供みたいな大人』にしか見えない」
「「ぶふっ」」
あまりにも歯に衣着せぬその物言いに、そしてそれが正に的を射ている言葉だっただけに、左右から吹き出すような声が聞こえた。
セシリアがそれに耐えられたのは、ひとえに彼が意外に物をよく見ており、彼の率直が本当に素直である事を良く知っていたからに他ならない。
内心では「全く以ってその通り」などと笑いながら、リッツを見る。
彼は既に、ユンの言葉とその後に続いたトンダとメリアの吹き出し声に、カッと顔を赤らめていた。
つり上がった眉を見れば、彼の示す感情が怒りである事など、きっと誰にでも分かるだろう。
おそらく彼は、子供風情に、それも自分よりも影響力が低く簡単に言いくるめられるだろうと踏んでいた男爵家の子息と貴族の従者でしか無いメイドに笑われた事が、酷く癇に障ったらしい。
「無礼な……!」
声を荒げた彼の声に、セシリアは敢えて片眉を上げながら「無礼?」
と言って彼を見る。
「一体何を以って無礼とするのか知りませんが、階級面で言うのなら我々貴族にそのような言葉を吐く『たかが商人風情』の方が余程無礼だと思いますし、子供が大人にこういう物言いをするのが無礼だというのなら、今回ルールを逸脱しているのはそちらです。子供でも分かるような事を、指摘されて『無礼だ』などという暇があるのなら、勉強をしてから出直していらっしゃい」
貴族らしくピシャリとそう言葉を紡げば、彼はグッと押し黙る。
が、押し込めた感情がおそらく体内を駆けずり回ってでもいるのだろう。
顔は最早ゆでダコのように赤い。
が、一体何を思ったのか。
次の瞬間、彼はニヤリと笑って見せた。
それこそあくどい商人が密談か脅しをする時のような、下卑た雰囲気のある顔だ。
「良いのですか? そんな事を言ってしまって」
「どういう意味です?」
「まだ子供ですから知らないのかもしれませんが、我が商会は長年ヴォルド公爵家の御用達にしていただいておりまして。もし今回の事が公爵様に伝わったら『ご自分のお気に入りが蔑ろにされた』と、それはもうお怒りになられるかと思いますよ?」
なるほど。
やはりそう来たか。
彼の言葉に、セシリアは密かにそう頷いた。
その物言いは、おおよそ商人の領分からは逸脱した物言いだ。
それが一つの武器になる事は、ある意味事実なのだろう。
実際に彼は今まで常習的にそれを武器にしていた事は、この滑らかな口回りからも察するに余りある。
が、セシリアはそれを聞いてほくそ笑んだ。
(なるほど、確かにソレは有効ね。けど、それはあくまでも他の貴族相手の話。
この瞬間、セシリアの中でカーンとゴングが鳴り響いた。
しかしそれをこの時点で察知できるただ一人の存在は、残念ながら今ここには居合わせていない。
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