第117話 貧民へのお仕事勧誘



 セシリアは心の中でユンに合掌しながらも、体裁だけは不満顔を取り繕っているグレンと先に来てこの場を取り仕切ってくれていたランディーへと目を向ける。


 が。


「すみません、お待たせして。実は先程『どこぞの阿呆』の対処をせざるを得なくなりまして」


 この一言で、未だに後ろで言い合いをしていたメリアとユンも、少なからずセシリアという人間を知っている目の前のグレンとランディーも総じて固まってしまった。


 数秒のタイムラグの後、ついポロッと口を突いて出てしまった自身の軽い失言に「あ、少し汚い口を利いてしまいました」と口元に手を添えるが、時すでに遅し。

 それだけ気品ある仕草を取ろうが、彼女の言葉が今更無かった事にはならない。


「……セシリア様、実は意外とフラストレーション溜まってたんだな」

「まぁ自分たちが丹精込めて作っているものを派閥争いなどというものに邪魔されているのですから、本来ならば怒って当たり前ではありますが」

「あー。セシリア様、嫌いだもんな。自分が好きでやってる事にも仕方が無くなってる事にも、横から難癖付けられて邪魔される事」


 と、従者コンビはわりと的を射たセシリアの心理分析をし始める。

 それに対し、それ程交流日数自体は深くないがセシリアの交渉の場には思いの外多く居合わせているランディーは、少しばかり今回の事に心当たりを持っていた。


「来る前にちょっと街の受付の方に寄ってくると言っていましたが、もしかしてこの前言っていた何とか派とかいうお貴族様の派閥争いのやつですか?」

「えぇ、丁度私が行った時に正に仕掛けている最中でした」

「それで大丈夫だったんですか?」

「さぁどうでしょう? とりあえずは反撃出来たと思いますが、反省したという雰囲気はありませんでした」

「それってちょっとヤバいんじゃぁ……?」


 そう言った彼は、おそらく報復の類を心配しているのだろう。

 が、そこまで眉尻を下げる程心配することもない。


「一応釘を刺しておきましたから、大丈夫だと思いますけど」


 直接的な表現こそ避けていたが、アレでもしこちらの意図を理解できないようであれば商人失格だ。

 まぁもし彼が失格者だとしたら、待っているのは制裁だけだが。


「一応目を光らせておきますよ」


 などと言いながら、ゼルゼン経由で当人の周りに監視を付ける算段を頭の中で付ける。

 別にゼルゼン本人が何かする必要は無い。

 簡単な話、監視者を新たに雇えばいいだけだ。

 

 今まで得られた情報は、あくまでもゼルゼン達が直接取って来たものばかり。

 そういう意味では彼にとって新たな挑戦になるだろうが、これも勉強だしおそらく我が家の優秀な筆頭執事マルクからその手の教育は既に受けているだろう。

 それ程心配はしていない。



 少し安堵の表情になったランディーの向こうで、「なんか妙な事に足を突っ込んできたって事は分かったけど」とグレンが言う。


「そろそろ待ちくたびれたし、そろそろ帰るぞ?」

「あぁそうですね、ではすぐにでも始めましょう」


 急かす彼に、セシリアはニコリと微笑んで、集まってくれた人々の前へと歩いていく。

 後ろにユンとメリアを連れて、ランディーに場所を譲られて。

 そうやって場の中心に立ったセシリアは、背筋を伸ばして周りを見回す。


「皆さま、今日は来てくださってありがとうございます」


 老若男女、様々な人が集まっている。

 しかしそれは若さや性別の差だけではない。


 真剣に話を聞いてやろうという者も居れば、逆におそらく誰かに誘われたのだろう、生きる気力を無くしている様な者もいる。

 暮らし向きに切羽詰まっている者も居れば、まだそれ程ではない者もいるだろう。


 そんな様々な理由や意気込みで来ている彼らに、最初に一つ言っておかねばならない事がある。


「まず、これからお話しする事はあくまでも一つの提案です。話を聞いた結果『自分が時間を費やす価値のある仕事ではない』と思われたなら帰っていただいて構いませんし、話の途中で抜ける事も決して咎めたりはしません。全ては貴方方、一人一人の意思と希望が尊重されます。こちらから強制する事は何もありません。ですからどうか、ご自分にとって最良の選択をなさってください」


 この言葉に反応する者も居ればしないものも居る。

 だかまぁそれで良い。

 まず最初にこの事に言及したという事が大事な布石なのだし、興味はこれから引けばいい。


「では先に、報酬についての話をしましょう。私が貴方方に与えられる実利的報酬は、体や頭髪・服装などの身なりを整える機会と人と物の支援、今日から1週間のこの建物内での衣食住、そしてその後3日間の仕事期間中に一日に最低銅貨3枚。です」


 話していく内に、セシリアは自身にどんどん視線が集まっていくのを体感していた。

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