第111話 リッツの要求
流れ始めた受付の傍ら、少し離れたスペースに置いてある机を囲み三者は座った。
外からも良く見える窓際に、壁を背にしてセシリアとトンダが。
その向かいにリッツという布陣である。
ユンとメリアには、後ろではなく私の横に控えてもらった。
そこだと少し邪魔になる恐れがあるから。
「それではお聞きいたしましょう。リッツさん、我々の運営のどのあたりに不満を持たれているのでしょう?」
「不満だなんてそのような事――」
「あらそうですか? 大商会の会長が、このような場で国からの認可を受けたこの課題の運営を妨害していたのです。余程の事があったのだろうとお見受けいたしましたけれど」
ヘラッと笑って取り繕おうとしたリッツに、社交の仮面フル装備のセシリアがニコリを笑みを浮かべて言った。
すると彼の口元がヒクリと引きつる。
彼がそのような顔をするのも、仕方がない事だろう。
ここは受付の外側。
室内の人間からは勿論丸見えの場所であるし、皆こちらに興味津々だ。
セシリアの悠然としたこの物言いは、そばだてているだろう周りの耳には良く聞こえている筈である。
「国からの認可……ですか? そのような話は聞いた事もありませんが」
「あらそうなのですか? しかしこれは事実です。通常の『学生主催の貢献課題』ではそのような事はないのですが、今回は大きな案件ですので開催の是非を含めて国にあらかじめ報告・公認頂いているのですよ」
やんわりと「嘘ではないか?」と探りを入れてきた相手に、セシリアは内心で「心外だ」と鼻を鳴らした。
大商会の商人だというからどんな人物かと思えば、どうやら大切な商談の前に手を抜く事を良しとするような阿呆らしい。
例えば、公爵からの依頼だからという事と相手が子供だという事を聞いただけで、大した下調べもせずに強に臨むような事をしなければ、おそらく彼がこのように『ただのれっきとした事実』に殴られるような事態にはならなかった筈である。
「大商会の会長ともあろう方がご自分の準備不足をこちらのせいにするような事、まさかなさらないでしょう?」
「え、えぇ勿論」
どうにか取り繕うように笑った彼の表情に浮かんでいるのは、怒り、焦り、そして逡巡。
怒りは勿論セシリアの言葉に、焦りはまさか言い換えされるとは思っていなかったからだろうか。
逡巡がある辺りはまだ『流石は大商会の看板をしょっているだけはある』と言えなくもない商人根性ではあるが、本音を言えばこのテーブルに座った時点で彼は冷静になっても良かった筈である。
ソレが元々の実力なのかそれとも錆びてしまったのかは分からないが、少なくとも敏腕とは呼べない出来だと言っていい。
が、まぁその話はこの辺で良いだろう。
先手は取れたし、周りにも「これが一体誰にケンカを売っているのか」はそれなりに伝わった筈である。
「それでは不満な点をお聞きしましょう」
早々に本題へと話を戻し、セシリアは微笑んだ。
対して彼は、コホンと一つ咳払いをした。
そして臆面もなくこう言い放つ。
「何という事はありません。単に我々は『我が商会の出店占有地に関し、少しばかり配慮を頂きたい』と申しただけの事ですよ」
ほぉう?
セシリアは心の中でそう呟いた。
が、それは何も感心や疑問の声ではない。
(この人、これでこちらに上手い事融通を利かせられると本気で思っているらしいわね)
良い度胸だし、思い切りこちらを舐めている。
『配慮』というふんわりとした言葉でこちらを煙に巻けると思っているのか。
それとも分かった上で、それでもそれを呑んでくれると、つまり「自分だけは優遇されて然るべき」という妙な自信が備わっているのか。
チラリと隣を見てみれば、トンダが妙な顔をしている。
おそらく「さっきと言っている事が違う」と言いたいのだろうが、この言葉の意味を知らないのにあの場でひと悶着が起きていた所を見ると、彼との会話ではおそらくもっと率直な言い方をしたのだろう。
それらを踏まえて、彼が下には横柄な態度を取り上には媚びへつらうタイプの人間である事が面白いくらいに丸裸だ。
ならば彼は、間違いなく『革新派』の、もっと具体的に言えばヴォルド公爵家の狗らしい。
が、己で物事を深く考えない狗ならば、こちらとしてもあしらい易くて楽というものである。
「その要望には従いかねます」
おそらく平日ではなく休日である今日ここで騒動を起こしている理由も、公爵サイドから「その方が『保守派』の失点になるから」という理由で指示があったからだろう。
でなければ、かき入れ時である休日にわざわざここに出向く理由など無いのだから。
そういう小賢しさも含めて、今日一番の満面の笑みを向けて突っぱねてやった。
すると、何故か「もう勝ったも同然」と思っていたらしい彼の顔が、ピクリと僅かに反応する。
「……は?」
「もう一度言った方が良いでしょうか? 『その要求は受け入れられない』と言っています」
左隣からは、心配そうなトンダの瞳。
右隣からは何やら楽し気なユンの気配と、落ち着き払ったメリアの嘆息が微かに聞こえてくる。
それらを全てしょい込んで、セシリアはあくまでもにこやかな顔を崩さずに左側へとこう尋ねた。
「トンダ、この方に今回の課題の募集に際する決まり事は?」
「す、既に一通り伝えています!」
「その時と同じ説明を、もう一度ここで繰り返してくださらないかしら」
そんな風にお願いすると、トンダは「はい」と短く答えた。
が、その顔は緊張に強張っている。
大人の、それも自分に言い募ってきた相手の前である事は勿論、おそらくセシリアが社交の仮面フル装備な事も彼の緊張度を上げる要因になっているのだろう。
が、それでもこれは、こういう手合いの相手を納得させるためには、間違いなく最も簡単で効果で効率的な方法だ。
申し訳ないが、ここで解いてやるつもりはない。
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