第110話 邪魔者たち
「お会いするの初めてですね、リッテンガー商会会長・リッツさん。私、セシリア・オルトガンと申します」
リッテンガー商会は、王都でも指折りの大商会だ。
それが故に、分かるだろう。
セシリアの所作が明らかに平民や下級貴族のそれではないという事くらい。
自分の名前を知られていた事に驚いた彼は、口の中で「オルトガン……」と呟いた。
そして些かの逡巡の後、ハッという顔になる。
どうやら私の事を正しく理解してくださったようで何よりです――とは言わなかった。
ただそんな内情を隠しもせずににっこりと微笑んでやれば、彼の顔が大いに強張る。
「リッツさん、他の方の妨げになっておりますので、あちらで詳しくお話を聞きましょうか」
そんな彼女の声に彼は、最早頷く事しか出来ない。
彼を誘導しながらも、セシリアはトンダに視線をやった。
安堵に満ちた彼に対し「これは貴方の仕事ですよ」と言葉を紡げば、緩んだ顔が自分の役割を思い出して引き締まる。
振り返り、すぐ後ろでたじたじになりながらも必死に相手を宥めている『店運営(会計)』セクションの副リーダーに開いた受付席を示す。
すると彼女、キャシー・カロメラは「助かった」と言わんばかりの顔になった。
そしてホッとした顔のまま「すみません、お待たせしました。こちらにどうぞ」と不満顔の相手の誘導を始める。
が、他の面々はまだ受け付けが再開された事に気付かない。
キャシーがもしこの喧騒に負けない声で再会を宣言できたなら問題なかったのだろうけど、そもそも心臓に毛が生えていないタイプの人間だから、そこまで要求するのは流石に酷だろう。
「スッテンガー商会・副会長、ミュッケルンさん。列が動き始めました。恐れ入りますが列を詰めていただけますか?」
次に並ぶ相手に対し、慮りつつも明確に要求を告げる。
すると目下の不都合が解消された事と、名指しと、思いの外室内に凛と響いたその声に、彼は「あ、あぁ」と肯首した。
室内のざわめきが収束し始めたのを耳で感じつつ、セシリアは踵を返し例の相手とトンダが座る奥の席へと歩き出す。
すると後ろに付いたメリアが、囁くように「――セシリア様」と名を呼んだ。
「えぇ、分かっているわ。リッテンガー商会はヴォルド公爵家のお抱えだし、さっきのミュッケルンは公爵家の遠縁にあたる男。商人になるにあたり貴族位は捨てたけれど、それでもまだ裏では繋がっている。ソレだけじゃないわ。今室内で騒いでいる人たちの内の半数以上に因果性があるなんて、流石に出来過ぎているわよね」
まるで何かを諳んじるかのようにそう言ったセシリアに、一人イマイチ話についていけていないユンが「つまり?」と端的な答えを要求してきた。
その言葉にセシリアの、口角がゆるりとつり上がる。
「れっきとした『革新派』の妨害よ」
「あぁ、この前セシリア様が言ってたあの……」
自身の身の周りでも何かしらあるかもしれないと、使用人にも共有していた話題である。
お陰でユンも、事の次第を理解したようだ。
彼はニヤリと笑みを浮かべ、好戦的な顔で言う。
「って事は、これから戦闘開始だな?」
「ユン、相手は商人。間違っても早々から斬り合いになったりはしないから、とりあえず剣に掛けているその手をすぐに外しなさい」
「ちぇっ」
真面目なメリアが相変わらずの真面目顔で釘を刺し、ユンが少し残念そうに手を放した。
そんな彼らを連れながら、セシリアは密かに好戦意識を高めていく。
もしもここにゼルゼンが居合わせていたとしたら、そんな彼女に「はぁ」と深いため息を吐いただろう。
しかし彼はここにはおらず、もし居たとしてもセシリアを止める事など出来やしない。
結局結果は同じである。
彼女は自分の平穏の為に、自分とその周りを害する相手を許さない。
そして既に、この課題はセシリアの『内側』だ。
そんな彼女が陰謀の末端であるこの件に、容赦をする理由はない。
相手がもし折れる気が無いというのなら、その時はきっとセシリアの手加減は存在しない。
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