商人の裏にチラつく『革新派』の影

第109話 目の前にある、トラブル予感



 休日、セシリアは街内に設置した寄付・出店の受付場所へと出向いていた。


 場所はどうやら元商店という事らしい。

 店主が高齢という事で最近閉めた小さな店を、ランディーの伝手で借りた形だ。


 古い店だが、多少の不便は使い方でどうにでもなる。

 受付をするには問題ない――のだが。


「人が多いですね」

「えぇそうね……」


 件の場所に向かっている途中でさえ外から分かる混雑に、後ろのメリアが思わず零したその言葉に、にべもなく同意した。


 

 端的に言えば、人が溢れかえっている。


 一体どうしてこんな事になっているのか。

 キャパオーバーにしてたって何事も限度がある。


(これは何かあったわね……)


 すぐにそう察したセシリアは、足を少し早めて一群に近付いた。


「あっ、セシリア様!」

 

 そんな声をあげたのは、『店の運営・会計』セクションの生徒の一人だ。

 記憶から「確か彼女は、今日の休日当番だ」という情報を引っ張り出しながら、「どうしたの?」と尋ねてみる。

 すると彼女が眉尻を下げて「それが」と言って話してくれた。


「店の中で今ちょっとひと悶着あって……。お陰で出店の受付列が捌けずに、出店目的で来た他の大人も騒ぎ始めて。それを見かねた『商品管理・陳列』の人たちが助けてくれてるんですけど、お陰で寄付の方の列も滞っちゃって――」


 ちょっと話を纏めてみると、どうやら一件の出店希望客にてこずったせいで色々諸々ガッタガタになり、受付業務が上手く回っていないという事らしい。



 周囲を見れば、おそらく寄付目的なのだろう人々が「まだかなぁ」という顔をして並んでいる。

 列自体は、外に出て対応している目の前のこの彼のような人たちが、ちゃんと整備をしてくれている。

 お陰で今のところは「順番を抜かした・抜かさない」などというトラブルにはなっていないが、中には進まない列に苛つき始めている者もいる。


 ――早急にどうにかせねばならない。


「大丈夫、ちょっとどうにかしてきます。貴方方は手分けして、外でお待ちくださっている方に『あと5分で列が再び流れ出す事』『待てない方はあとできた方がスムーズに対応できるかもしれない事』を伝えてください」

「わっ、分かりました!」


 そう言った直後、彼はセシリアの声を伝達すべく、すぐさま走っていってしまった。

 が、自分の持ち場の人たちにいうのを忘れて行ってしまっている。


 そんな彼のおっちょこちょいをセシリアが代わりにフォローすると、安堵の声に列を抜ける人影もチラホラと現れた。

 中にはセシリアに「本当に5分で終わるのか?」と言ってくる者も居たが、疑ってくる視線を少し煩わしく思いながらも、セシリアは笑顔で「もちろんです」と応じてみせる。


 苛立ちからなのか、「高貴な人間がこんな場所に居る訳ない」と思っているのか、はたまた相手が子供だからか。

 全く相手への不躾を気にしない彼は、もしセシリアの正体を知ったら、卒倒したに違いない。

 しかし彼はそんな自分の『ひょっとすると危うくなっていたかもしれない立場』を、自覚する事は結局なかった。

 



 建物の中へと入ると、聞いた通り室内は混沌としてしまっていた。


 色々な人が話しているのでその内容は聞き取れないが、どうやら大半が怒っている。

 セシリアは、後ろに連れてきていたメリアとユンを引き連れて、そんな彼らの間を通り抜ける。


 その時に漏れ聞いた感じだと、外で聞いた話の通り、どうやら全く動かない列に不満を抱いているようだ。

 つまり全ては、列の先頭でカウンターの中の相手と言い合いをしている彼をどうにかすればいい。


「全く、コレだから商売のイロハも知らない子供は――」


 そんな事を口走っていた商人風情の背中を完全に無視し、ソレと戦う見知った相手にセシリアは一言声を掛けた。


「どうしましたか? トンダ」

「セシリア様!」


 安堵したような声の彼と、不満タラタラに振り返った相手の視線が同時に集まる。

 

 その名を聞いて片眉を上げたその商人は、どうやらセシリアをまだちゃんと認識できていないようである。

 が、そっちはとりあえず置いておく。



 セシリアは、トンダにフッと笑いかけた。

 そうして彼を落ち着かせ、まずは事態を認識させる。


「相手に真摯に対応する事は商人の卵としては至極正しい行為ですけれど、もう少し周りは居た方がいいかもしれませんね」

「……あ」


 そもそもトンダは決して浅はかな人間ではない。

 この一言で、彼の視野狭窄を解くには十分すぎる程だった。


 辺りを見回し室内のカオスに顔を青くした彼に、セシリアは「よし」と小さく頷く。

 が、置いておいたもう一人が「この私を差し置いて――」などと喚きだした。

 面倒なので、こちらも一発で自分の立場というのを認識してもらおう。


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