第108話 敵は誰か。



 登用当時、学生の身から国に仕える騎士になって僅か2か月でアリティー預かりの専属護衛になった事から、キホーナの名は注目を浴びた。

 その登用経緯だけでも十分注目を浴びるだろうに、この二人は立場がまた難しい。


 片や政治派閥『保守派』の旗頭であるアリティー、片やその敵対派閥『革新派』の重鎮・モンテガーノ侯爵家の腰巾着であるキホーナ伯爵家の息子・ランバルト。

 そんな関係性のランバルトがアリティーの下に付いた事で、一時期社交界ではキホーナ伯爵家・『保守派』への乗り換え疑惑が実しやかに囁かれた。


 学校内でもいつだって、アリティーの後ろに物言わぬ護衛としてついている。

 だからアンジェリーが、キホーナ伯爵家とアリティーの密な関係性を疑うのも無理はない。


 が。


「キホーナ伯爵家と殿下の護衛騎士は、既に縁切りしていますよ」


 セシリアはそう指摘する。


 その縁切りで殿下との間に出来た縁を息子ごと切ってまで、かの家は『革新派』へと残ったのだ。

 アリティーがランバルト経由でヴィンセントを動かした可能性はかなり低いし、本当に彼が動くなら、もっと綺麗で有効な手を打つだろう。


 むしろ、気にするのは逆の方だ。


「殿下、ひいては『保守派』より、気にすべきは『革新派』の方でしょう」

「『革新派』? 私が居るのに?」

「警備にアンジェリー様は直接的に関わらない。だから『革新派』の失点には繋がらないと思っているのだと思います。その上ロンは『保守派』です。もし警備で失敗したら、少なからず『保守派』に泥が付く事になる」


 その上、もし何か当日に不都合が起きれば、それはそのまま実質的にフリーマーケット全体を仕切る『運営』セクションのリーダー・セシリアの責任にもなるだろう。

 もし今回の件で『革新派』が何かしらの不都合を得たのだとしたら、この企画の発起人にも見えるセシリアを逆恨みする理由もできる。


 とまでは、みんなには言わないが。


(実際に、『不都合』に当たる事も少なからずあるでしょうしね)


 などと考えながら、セシリアはゆっくりとカップを手に持ち紅茶を口にした。

 するとアンジェリーが深いため息を吐き出してくる。


「つまり貴方は、フリーマーケットが『革新派』の妨害に遭う可能性を危惧してると?」

「アンジェリー様の所には、直接的な被害は無いと思いますが」

「つまり、他には妨害が入ると」

「可能性の話です」


 そう、あくまでも可能性の話である。

 が、その可能性は限りなく高いだろう。

 そう思ったからこそ、第二、第三の妨害の可能性を鑑みて、セシリアは今日無理やりにでも緊急招集を決めたのである。

 


 もちろんこちらは受動的な立場だから、そのトラブル自体を回避するのは難しい。

 しかしそれでも、心構えがあるのとないのとではまた大きく違うだろう。


 少なくとも、もしロンが先にその可能性を何かしらの方法で知っていたら、貴族科クラスに息を切らしてやってくるような事にはならなかったと思われる。

 早歩きか、精々が小走りくらいまでで済んだ筈だ。


「ですから今後も、情報共有は迅速に取りましょう。何事も、対処が遅くなればなるほど傷口は大きく開いていきます」


 そう告げれは、困り顔のロンと強張った顔のトンダと仏頂面のアンジェリーが思い思いに頷いた。



 アンジェリーはとりあえず置いておいて、ロンとトンダのフォローはちゃんとせねばなるまい。


「トンダさん、そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。というよりも、これは良い訓練かもしれませんよ?」

「訓練、ですか?」

「えぇ。トンダさんは将来商人の道に進みたいのでしょう?」

「はい、商人科にもその為に入ったようなものですし」

「ならばこれは、この先自分より上の貴族が来店してきた時の上手いあしらい方の実地訓練になります。しかも、失敗したところで自分の懐の痛まない訓練です」


 そう言ってやると、彼は「なるほど」と顎に手を当て考え始めた。

 この様子なら、おそらくは大丈夫だろう。

 次はロンに視線を向ける。


「ヴィンセント様の事ですが、やはり彼には丁重にお断りしましょう。わざわざ私が出張れば、あちらもおそらく『特別待遇』に機嫌を良くすると思いますから、まずは教室でクラスメイトにしていたのと同じ説明を彼にもして、それでも納得しなければ『ヴィンセント様ほどの騎士に対する誇りと実力があるのなら、今更このような下っ端の仕事をせずとも十分でしょう?』とでも言いましょう」


 そうすれば、おそらく彼は自尊心と虚栄心で参加を見送る事だろう。

 そう告げれば、ロンは少し安心したような顔になる。


「もちろん警備に関する説明も『警備計画・指揮管理』セクションの仕事です。説明まではロンさんにお任せします」


 その先については、彼よりも地位があり女でもあるセシリアが言った方が効果的だろう。

 そんな風に思いながら彼を見据えれば、ロンは力強く頷いた。


 それにセシリアも頷き返し、この場は早々にお開きとなる。


「では皆さん、2日後の会議は予定通りに行いますので、それまで各自頑張りましょう。それまでにまた何かあれば、随時お知らせしてくださいね」


 そう言って席を立てば、ロンもトンダも席を立つ。


 ちょっとホッとした様子の背中で、二人が「まさか貴族とは名ばかりの男爵の息子たちが政治派閥に脅かされる日が来るなんてな」など言い合いながら歩いていく。

 そんな中、あれだけ最初は「早く済ませろ」と言ってきていたアンジェリーが、少し遅れて立ち上がった。

 

「で? アンジェリー様は一体何が不満なのです?」


 依然として仏頂面のままの彼女に尋ねれば、「不満という訳ではないけど」と前置いた後で、こんな風に吐き捨てた。

 

「自分に直接被害があるとか、そういう問題じゃないじゃない。フリーマーケットにケチを付けようとする。ただそれだけで不快だわ」

「やはり私、アンジェリー様のそういうところ、結構好きです」


 アンジェリーは、おそらく自分に関係ないところで似たような事が起きたとしても、決して義憤に駆られたりはしないだろう。

 しかしそれでも、フリーマーケット全体を『自分の事』と捉えて腹を立てる辺り、集団意識はあるらしい。


 そう思って告げたセシリアの『好き』の言葉は、やはり彼女に鼻で一蹴されてしまった。


 しかし多分それで良い。

 セシリアはこれ以上彼女と親しくなるつもりもなければ、好かれようとも元々思っていないのだから。



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