第107話 自分の事は、華麗に棚に上げとくアンジェリー



「それはまた、面倒そうなのがやって来たわね」


 そんな第一声を発したのはアンジェリーだ。

 自分も過去に、少なくともセシリアにとってはかなり面倒な部類だったことなどすっかり棚に上げて、苦い顔でそう告げる。


 おそらく今、『もし自分の持ち場にそういう輩が来たら』というのを想像でもしているのだろう。


「色々言い訳を並べ立てたみたいだけど、それって全部建前的なやつだよね?」


 トンダのそんな問いに対し、ロンは深刻そうに頷く。


「そもそもは、扱いの難しさの問題なんだ。確かに学年が上であるほど実力も上だろうけど、そんな人間が一年の俺に従ってくれるとは思えないし、俺は男爵位だから他の貴族生徒たちは俺の指示を聞かないかもしれない」


 その点、同学年なら条件としては悪くない。

 クラス内には他にも貴族生徒が居るが、普段偉そうにしているヤツは総じて目立つ事・貴族である自分に見合った仕事である事を求めるだろう。

 そもそも今日の説明で篩に掛けられただろうし、それでも自分本位な目立ちたがりが来てしまってどうにもならないと思った場合は、最悪選考で省けばいい。


 それこそ『貢献課題』なのだから、周りを巻き込むにしてもグループ内でイニシアチブを取らねばならない。

 あくまでもロンが長である前提で、最大のパフォーマンスを発揮するのが今回の一つのハードルだ。

 

 だから言う事を聞かない、あまつさえロンの長としての地位を侵略しようと目論む人間は除外すべき……というのが、定例会議で決まった『警備計画・指揮管理』セクションの目指すべきゴールだった。


 そういう意味で、今日訪れた彼は『脅威』と言っていい。


「因みにその方のお名前は?」

「いえ、それが『見た事ある気がする』というだけで……」

「名乗ったりはしなかったの?」

「いえ、そういうのは何も」


 彼がそう答えると、アンジェリーが「心底分からない」と言いたげな顔をする。


「その人って、この課題に参加したくて来たんでしょ? なのに名乗りもしないなんて。一体どうやってこの会議の決定事項を聞くつもりでいるのかしら」

「相手の男は『自分の事を知っていて当たり前』とでも思っていたのかもしれませんね?」

「傲慢な事」


 そんな風に吐き捨てた彼女は、しかし自らも2年前の社交界デビューの際に、初対面にも関わらず『セシリアは自分を認知しているだろう』という考えの下、ドヤ顔を向けてきた前科がある。

 しかしそんな事はすっかり忘れているようで、「バカバカしい」と言わんばかりにため息をつく。


 その時の事をからかってやりたい気持ちを横に避けて、セシリアはロンにこう尋ねた。


「では、その方の特徴などを教えてください」


 覚えている範囲で構いませんので。

 そう告げれば、彼は「うぅーん」と小さく唸る。


「騎士科の生徒でした。髪は茶色で、ワイン色の釣り目で、肌は白色で……あ、口元にほくろが一つ」


 そう言って、左側の口角の辺りをチョンッと触る。


「あぁ、ならばおそらくヴィンセント・キホーナでしょう」

「キホーナって、三大伯爵家の?」

「えぇ」


 3大伯爵家とは、この国で12家ある伯爵家の中でも特に影響力がある家の総称だ。

 その名の通り3家あって、セシリアの生家であるオルトガン伯爵家の他に、デーラ伯爵家とくだんのキホーナ伯爵家がある。


 

 3大伯爵家というものに些か執着心があるアンジェリーが嫌そうに顔を顰める。

 が、セシリアにはそれが少し意外に思えた。


「幾ら自家こそ3大伯爵家に相応しいと思っていても、同派閥の家なのだから流石にそんな反応はしないだろうと思っていました」


 そう言えば、彼女は「あぁん?」とでも言いそうな顔を向けてくる。


「別にどの家だって同じよ、同じく3つの枠の内の一つを潰してるんだから!」

「アンジェリー様は、どこまでも素直ですよねぇ。そういう所は私、結構好きですよ?」

「は、はぁ?! 何言ってんのよ、アンタ頭おかしいんじゃないの?!」


 セシリアとしては大いに褒めたというのに何故かキャンと吠えられて、不思議そうな顔になる。


 そんな二人を傍目に見てロンとトンダは「仲良しだなぁ」と笑うが、別に仲良しではない。

 そういう所は良いと思うが、もちろん彼女の理不尽的な傲慢さは好きじゃない。


 この課題を通してそういう意識が少しでもどうにかなれば良いのだが、実際にどうなのかは分からないし、正直言って「自分に影響が出なければどちらでもいい」と思うくらいには、セシリアは彼女を突き放しているつもりである。


「どちらにしても、彼であれば容姿の特徴だけでなく、噂に聞く横柄さともイメージが合います。十中八九、彼でしょう」


 そんな風に言いながら、セシリアは自身の脳内でヴィンセントの情報を引っ張り出す。



 キホーナ伯爵家の三男。


 騎士科の3年。

 成績は、貴族の下駄を履かせてクラス内で5位。

 本当の実力は中の上と言ったところだが、それもおそらく「平民よりも幼いころから剣を握り師を付けていた」という、いわゆる環境的要因が大きいだろう。


 校内では度々、お気に入りの騎士科生徒を侍らせて歩く姿が多く目撃されており、3大伯爵家という肩書の上に胡坐をかき選民意識に蝕まれている生家の影響を、ヴィンセント自身も大いに受けている節がある。



 が、実はここ数年、『キホーナ』の名は彼自身や家としてとは別の要因で、注目されていたりする。


「もしかして、殿下が何か関係して……?」


 アンジェリーが言ったこの『殿下』は、セシリアを始めとしてこの場の人々が良く知っている第二王子・アリティーの事を言っていた。

 というのも2年前、彼が護衛騎士に選んだランバルトがキホーナ伯爵家の第二子息なのである。

 

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