第106話 走る ~ロン視点~
入って来たその男を、ロンは見た事がある気がした。
制服は青、このクラスの生徒ではないから、つまり上級生だろう。
そして後ろに従者を侍らせている事から見れば、明らかに貴族。
名前までは思い出せないが、見た事がある様な気がするのは社交場で見た事があるからかもしれない。
「えぇ、そうですが」
「ん? お前は?」
「当日の会場警備の責任者です」
「あぁなら話が早い。――俺も入れろ」
何故。
そう思った。
そもそも警備募集を解禁したのは今日だったし、色々な理由で張り出したのはこの部屋だけだ。
『一体誰からこの話を聞いたのか』とか、『何故下級生のただの課題に首を突っ込みたがるのか』とか、想定外が多すぎて、正直言って頭から湯気が出そうになる。
「も、申し訳ありませんが、募集人数の関係で今回は一年のみの募集にさせていただいていまして」
色々な理由の中なら最も角が立たなそうなものを選んで答えれば、彼は「ハッ」と嗤ってくる。
「人数が限られているなら、それこそ上級生を入れた方がいいだろう。学校に通っている年数も年齢も積んでいるのだから、一年よりも実力はある」
「それはそうですが、そもそも『課題』は一年生がするものですし」
「何を言う。そもそも『課題』はグループ内でするものだ、その枠から出ている時点で学年など大して関係なくなる」
「しかし、先輩方のお手を煩わせるわけには」
「私がわざわざ足をここまで運んで『やってやる』と言ってるんだ」
段々と、相手の空気がぴり付いてきた。
今や「何だ、俺がやるのが不満なのか」とでも言いたげな顔で、下手をすれば睨んでいる様にさえ見える。
まだ『不機嫌』というレベルだが、このまま行くと貴族特有の強権発動という事態もになりかねない。
そうなれば――相手が一体どの爵位の人間なのかは分からないが――貴族位として最下位であるロンがどうにか出来る事ではなくなってしまう。
「……分かりました」
ギュッと握り込んだ手は、じっとりとした嫌な汗を掻いていた。
張り詰めた緊張感の中、顔を作ってこう告げる。
「一度グループの者達と話してみる事にします」
この時ロンは、自分がちゃんと作り笑顔を浮かべられているかどうかが不安だった。
どうにか相手は帰ったが、これからの事を考えると、どうやったってため息が出る。
その場を「一週間後を期限にとりあえず人員の募集を締め切るから、それまでに参加の意思がある者は声を掛けてくれ」と言って、ロンはその場をお開きにした。
そのまま早々に教室を出る。
移動する前に間に合うか。
もし間に合わねばどこを探せばいい。
そんな風に思考を回せば、最初こそ歩きだった足取りは気付けば速足になり、今や駆け足になりつつある。
向かうのは、もちろんセシリアが居るかもしれない貴族科一年の教室だ。
とりあえず彼女がそこに居る可能性に賭けるしかない。
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