第84話 お願いでも命令でもなく



 ホッとした様子のノイとランディー。

 そしてその後に、少し不服を覗かせるハンツや使用人の面々が、その後にゾロソロと続いた。


 家の中は、端的に言ってシンプルかつ狭い。


 間取りは部屋が一つだけ。

 大体8畳ほどの場所で中には小さな子供が3人居るが、部屋の端にはどこかで洗ったのだろうか。

 今にも壊れてしまいそうな程古い木皿が全部で12個、伏せられているのが視界に入る。


 3人の子達は、突然の訪問者に不安と警戒の入り混じる視線を向けてきた。

 それでも出ていく様子は無いので、怯えさせて少し可哀想な気持ちはあるがセシリアとしても積極的には気にしない。


 ――こういう手合いは放っておかれた方がきっと落ち着く。

 彼等の表情を見て、セシリアはそう判断した。



 中にある家具は、大きなテーブルと切り株のような椅子が幾つかだけだった。


 グレンが椅子にドカッと座り、顎で向かい側を示す。

 セシリアは、彼のちょうど正面になる位置にを選んで腰を下ろした。

 すると彼は、バカにしたようにハッと笑う。


「アンタお貴族様なんだろう? そんな奴がこんな汚くて臭い場所にやってきて、ゴミみたいなやつとテーブルを囲む。どれだけ切羽詰まってるんだ?」


 なるほど。

 どうやら彼は「こんなところにまで話をしに来るような貴族なんて、動かせる手駒が他に無いか、よほどの悪事をさせるつもりか。どちらにしろ後ろめたさがあるに違いない」と思っているらしい。


 だから彼は「余裕が無いのだろうれから頼み事をするお前より、される俺の方が立場は上だ」と暗に言う。

 これから無茶な要求をされる事を想定し、「こちらには断る権利があるのだぞ」とまずは牽制する意味で。


 13歳。

 それも、幼い頃から交渉事に触れている様な商人でも貴族でもない彼がそういう考えをする辺り、彼は本当に頭が回る子供らしい。


 惜しむらくはただ一つ、今回の相手がセシリア・オルトガンである事だろう。



 セシリアは、大きく「ふぅ」とため息を吐いた。

 呆れを前面に出して困り顔で「イマイチご理解いただけていないようなので、もう一度改めて言いますが」と告げる。


「私は貴方に『交渉』をしに来たのであって、『お願い』をしに来たわけではありませんよ?」

「ふんっ、それは『お貴族様からの交渉事は聞くのが当たり前だ』っていう意味か? だったらそんな脅しなんて――」

「違います」


 彼の声を遮って、セシリアは静かに、しかし正確にそう言葉を発した。


 裏を読む事が身を護る術なのか、はたまた過去に、そんな類の『交渉』を持ち掛けられたのか。

 もしかしたらその両方なのかもしれないが、裏の読み過ぎ・勘繰り過ぎも存外面倒臭いものだ。

 

 そんな感想を抱きながら、セシリアはまず彼の疑念を打ち払う努力から始める。


「貴方が言っているソレは『交渉』ではなく『命令』です。もし私が相手に何かを強制する時は、ハッキリと『命令だ』と言いますよ。ねぇゼルゼン?」


 背中越しに話を振れば、後ろから「そうですね」という即答が飛ぶ。



 因みに今まで彼にした『命令』とは2つだけ。

 一つ目は、一度大きな熱を出した時の「ゼルゼンがお世話するの!」。

 そして二つ目は、ちょっとヘマをやらかして母親に笑顔のブリザードを向けられる事必至だった時の「お祖父様と私を匿って」だった。


 一つ目は5歳の時、二つ目は9歳の時の事である。

 結局前者のワガママは両親から「今回だけ」「セシリアの専属メイド・ポーラが監督の上で」という条件で許されて、後者については、ゼルゼンが本気で匿ったものの母に見つかり怒られた――というエピソードなのだが。


(今はそういう実績があると分かってもらえればいい。内容なんて、言わなければ分からないんだし)


 内情はただの『子供の可愛らしいワガママ』だが、咄嗟に行ったという事実だけをすまし顔で利用してみせる辺り、セシリアも存外意地が悪い。


 

 が、セシリアが示したい事は酷くシンプルだ。


 必要以上の見返りと引き換えに懇願する『お願い』ではなく、一方的に強制する『命令』でもなく。

 こちらがしたいのは、互いに議論して歩み寄る余地・落としどころを探る『交渉』である、という事だ。


 まるで言葉遊びの様なやり取りだ。

 が、それこそが彼のやり方に則って聞く体制を作らせる事に繋がるんだから手間を惜しんでいられない。


 急がば回れ。

 東方の国のことわざだが、こういう警戒心の塊のような手合い相手には正にピッタリな言葉である。



 彼の心的な挑発に乗らず明確に「私達と貴方方は対等だ」と示した事で、彼は俄然こちらに興味を持ったようだ。

 斜めに座っていた体がちゃんとセシリアを向き、少し前傾姿勢になって「まぁ話は聞いてやる」などと言ってきたた。


「アンタの言う『交渉』をしてみればいい」


 ニヤリと笑った彼の顔は、甘言には騙されないという自負のようなものが滲み出ていた。

 が、セシリアだって何も甘言を吹き込みに来たわけではない。

 にこりと微笑みそれに頷く。



 セシリアの隣に腰を下ろしたハンツは、後ろに立ったベートが懐から一枚の羊皮紙とペンを出して手渡した。


 彼は王城の時と同じく議事録係、そのまた隣に座るノイは今日も複製係を務める。

 もしかしたらあちらは要らないと言うかもしれないが、対等な立場でする話し合いだ、今回も控えは二つ作る。


 最後にランディーが、今回はセシリアの逆隣りに座った。

 それをチラリと確認してから、セシリアはゆっくりと口を開く。


「グレンさん、ノイさんからはどこまでお聞きに?」


 そう尋ねると、彼はニヤリと嗤って見せた。


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