第85話 一時の偽善じゃ満足できない



「さぁ? アンタらが今日来るとか来ないとかっていう話だけ」


 敢えて煽る様な手振りで、グレンはそう言葉を返す。

 すると怒ったのはノイである。


「えーっ、ちゃんと一通り説明したでしょ?!」

「そんなの一々覚えてないな」

「一時間も掛けて説明したのに!」


 一時間も掛ける必要はないのだが、どうやらこんこんと説明したらしいノイの労力は完全なる無駄だったらしい。

 膨れて今にも喧嘩を始めそうなノイを、まずは「まぁまぁ」と宥める。


 が、ノイは今セシリアにとっては仲間である。

 聞いてないふりをしているのか実際に聞いていなかったのかは知らないが、意趣返しはさせてもらおう。


「では最初から、一通りの説明をします。こちらもなるべく短時間かつ簡潔に述べていきますから、グレンさんもよく聞いていてください。今から述べる内容は、説明した事実と共に記録に残る事になります」

「それはまた仰々しい事で」

「えぇですが、王城の担当者に対するものと同じ対応ですのでご心配なく」


 嗤う彼にそう答えれば、少し驚いた顔をされた。

 貧民相手と王城相手に同じ対応をする事が、よっぽど意外だったようだ。


 まぁ確かに、両者を対等に並べた様な物言いをする貴族は珍しいだろう。

 が、別にこれは酔狂でしている訳でも無ければ彼を尊重しているという訳でも無い。

 そして意趣返しはこの後である。


「あとで『聞いていなかった』などという幼稚な言い訳は通じませんから、ご承知くださいね?」


 セシリアは、ニコリと笑いそう言った。


 おそらくそれは一見すると、無害で人の好い女の子の笑顔に見えただろう。

 が、その実言っている事は、結構な挑発だ。


 この辛辣は「説明された内容を全く覚えてない」と主張する彼への小さな意趣返し、ノイの仇討であると同時に、皮肉を並べる彼に対してのセシリア側の牽制でもある。

 こっちだって言い返す意志と言葉は持っている、という。



 その声に彼は小さく「コノヤロウ」と言った。

 ハンツは思わず睨んだが、セシリアとしては引きつった彼の口元に意趣返しが叶った証拠を見る事が出来たので、ある程度満足だ。


 ちょっとだけスッキリしつつ、今回の主旨の説明に入る。


「私たちが通っている学校で、現在『貢献課題』と呼ばれる課題が出ています。名前の如く、何かに貢献するための行動を起こし成果を見せる。それが課題の主旨であり、何をするかは課題グループで自由に決められます。そんな中、私達が今やろうとしているのが『フリーマーケット』です」

「ふりー……?」

「『フリーマーケット』。店を設ける為には通常領主への申請・許可が必要ですが、それを限られた日時と場所においてでのみ撤廃し、物を売り買いする場を作るという試みです。あらかじめ予約さえすれば、誰もが店を出し物を売れる。自分で適正価格を決めて、自らの手で売る事が出来る。私たちは、『そういう場を作る事で住民たちの交流と街の経済を回す手助け』を行うつもりなのですよ」


 セシリアがそう説明すると、彼は「ふぅん?」と声を上げる。


「それはまた規模の大きい。その課題ってアレだろ? たまに貧民街をうろちょろしてる制服姿の」

「貧民街で行われている炊き出しや清掃活動の事、かもしれませんね。毎年幾つかのグループが実施する内容だと聞いています」


 そしてそれは、今年も行う予定がある。

 おそらくは、それが最も分かり易く貢献をアピールできる行いであり、先人のノウハウがあるからだろう。


 が、セシリア達はそれでも自分たちの面倒で必要以上に大掛かりなこの試みに、意味を見出している。


「私たちはこの課題を『一時の偽善』で終わらせるつもりは無いのですよ」


 それらの貢献が精々『焼け石に水』にしかならない事を知っているのは、今やセシリアだけじゃない。

 グループ全体が理解して既に動き出した今、もうそちら側に舵を切り直す事はない。

 

 ――一時の偽善じゃ満足できない。

 彼等の心はもうそこまで来ているのだ。




 セシリアがそう言及すれば、彼はフンッと鼻で笑った。

 少し不服そうではあるが、この感じだと彼も一応この試みの有用性は感じたのだろう。

 今はそれで十分だ。


 が。


「それで? 高尚な目標を掲げたアンタらが、一体俺達に何をさせようって言うんだよ? そもそもソレ、どうせ平民街でやるんだろ?」

「えぇ、場所は王都の広場にて」

「なら俺達の出る幕はない、勝手にやれば良い話だ」


 彼は、突き放したような物言いをした。


 少なくとも彼にとっては、今の所無関係の話である。

 その日暮らしをしている彼らが自分の生活に無関係な事について『勝手にやってろ』と思うのも、特におかしな話ではない。


 が、まだこちらを向いた体に、セシリアは話し合いの余地を見出す。


「その『幕』をわざわざ作りにやって来た。そう言えば、興味を持ってくれますか?」


 灰色の瞳を真っ直ぐ見据えて、セシリアはそう彼に告げた。



 その一言に、彼は「……は」と、驚いたのかただの吐息か判断に困る声を発する。


 が、この時点で何か彼の答えが欲しい訳じゃない。

 気を引けた事を確認し、セシリアは構わず言葉を続ける。


「貴方達に売り子として、働いて欲しいのですよ」


 と。

 

「先ほど言った通り、私たちは『フリーマーケット』という場を皆さんに一時期提供します。そこでは自らの家の不要なものや自分で作った製品などを売り買いしますが、何分初めての事です。『尻込みしてしまう』、『興味はあれど自分で店をやる程ではない』そして『それほど数が用意できない』という方も居るでしょう。そういう方の為に、品物を一度買い取りこちらで売る事を予定しています」


 セシリアは、ざっくりとそう説明した。

 するとグレンは――食い付いた。


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