第80話 ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン



 が、それでも2、3秒の逡巡の後に首を傾げつつ口を開いた。


「一番は財力、でしょうか。平民や貧民と比べて分かり易く勝っている部分ですし」


 彼の答えは、おそらく身分に問わず同じ質問をして回ったら最もスタンダードだろうと思える答えだった。

 が、それではまだ少し足りない。


「貴族の武器は、交渉材料が多い事ですよ。財力、地位、影響力、婚姻、知識。切れるカードが多い事が、私達のアドバンテージです。そしてそれを相手を見て手を変え品を変え上手くやって見せるのが、個人の腕の見せ所です」


 ここまで言ってニコリと笑うセシリアの傍ら、まだ何を言いたいのかが理解できずに納得半分困惑半分といった感じのハンツ。

 しかし彼は次の瞬間、理解する。


「未知を恐れて大いに結構。しかし私たちは今日、提案の為にここに居ます。ですから――そんな不安そうな、相手を恐れた顔をしていてはいけません」

「……あっ」


 彼女の言葉の意味を理解し、弾かれた様に両手をパッと顔に持っていくハンツに向かって、セシリアはふわりと笑う。


「これは十分彼らにとっても利のある話だと思います。あとはそれを如何にして伝え、協力をこぎつけるか。そして交渉の成否は第一印象によって大きく左右されるのですよ。だから笑っていてください」


 セシリアのそんな言葉を聞いて、ランディーもハッとした顔になる。

 ノイはここに詳しいようだが、ランディーも忌避こそ無さそうに見えるが道への恐れはあったのだろう。

 両手でペチンと自分の頬を挟んだ後、まるで顔の筋肉でもほぐす様にニコッと笑顔になる練習をし始めた。


 

 対するハンツは、セシリアの言葉に気付きはあったようだった。

 しかしそれでも、まだ恐れが勝るのだろう。

 笑顔が少しぎこちない。


「大丈夫ですよ、ハンツ。交渉は主に私が先頭に立ちますし、貴方には心強い護りもあります」

 

 そう言って、彼の後ろの騎士を指す。



 実際に、よそ者に厳しそうなこの世界でここまでセシリア達が一度も絡まれずに来れているのは、帯剣し周囲を警戒してくれているユンとベートのお陰だろう。

 彼等がしっかり仕事をしてくれているという事は、2人の周囲への意識の向け方で分かる。


 ユンはともあれ、ベートとセシリアは今日が初対面である。

 それでもこの少しの間で、彼が勤勉な実力者である事は容易に察せられた。


「私はユンの護衛能力を信じています。貴方はどうですか? ハンツ」


 ユンが自らの仕事をきちんと全うしてくれるから、その分自分も自分のやるべき事にだけ注力できる。

 そう思っているセシリアが、「貴方はどうか」とハンツに聞いた。

 それはもしかしたら少し挑戦的であり、からかい口調でもあったかもしれない。


 セシリアの後ろでは、少し照れたような、しかし満更でもないような顔のユンが居る。

 そんな主従の姿にハンツは少し目を丸くして、それからフッと微笑んだ。


「私もベートを信頼してます」


 そこにはもう、恐れなど無い。




 ノイの案内で辿り着いたのは、一軒の家だった。

 が、家とは言っても隙間風どころの話ではない。

 打ち捨てられた元民家と言った方が良いような有様のもので、嵐なんかが来た日には簡単に飛んでしまうのではないかと思わせる力を持っている。


 しかしそれでも、この辺だと一番贅沢な建物だ。

 雨と最低限の風はしのげるだろうと思われる。


 その扉を、ノイはコンコンとノックする。

 が、出ない。

 

「グレンー?」


 再度コンコンとノックするが、やはり中から応答はない。


「居るでしょぉー? グレンー?」


 先程よりも少し強めにノックしたので音がゴンゴンというものに変わったが、それでもやはり誰も答えない。


「……もしかして、留守なのでは?」


 セシリアがそう言うと、隣から「これだけ呼んでも出てこないし」とランディーも同意する。

 ハンツに「少し帰りを待ってみますか?」と尋ねられ、どうしたものかと胸の前で腕を組んだ、その時だった。


「グーレーンー!!」


 ゴンゴンゴンゴン。

 叫ぶように名を呼びながら扉をガンガンと叩き始めたノイに、セシリアは驚いて目を剥いた。


「え、ちょ、ノイさん?」

「誰も居ない家にそんな呼んだって、誰も出て来やしないと思うぞ?」

「いえ、絶対に居留守です! いつもそうなんですよ、グレンって!」


 そう言ってゴンゴンと扉を叩き続けるノイの姿に、セシリアは「こんな一面のあったのね」なんて思ってしまった。

 彼女という人間の人間観察が、少し面白くなり始めている。


 今はそんな事にかまけている場合じゃないのだが、セシリアの中の好奇心が「もう少しこの彼女を観察したい」と言っていた。

 が、そんなセシリアの様子にいち早く気が付いたゼルゼンに肘で横腹をつつかれて、彼女はハッと我に返る。


「あ、ノ、ノイさん。この辺にしておかないと、最悪この建物が倒壊する可能性も――」


 心なしか建物がギシギシと揺れ始めているような気がして、割と本気でノイを止める。

 もし住人が中に居るにしても生き埋めになったのでは交渉なんて出来ないし、外出していたとしても帰ってきたら住処がべしゃんこになっていれば、それはそれでまともに話を聞いてくれる筈が無い――なんて思った、その時だった。


「うるっさいわぁーっ!」


 バンッと中から扉が開いた。


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