第75話 余暇の予定



「何も知らない……」

「無垢な令嬢、ですか……」


 隣同士で肩をプルプルと震わせている、クラウンとテレーサの二人。

 笑いを堪えている事は疑う余地など一ミリも無い。


 そんな面々の反応に少しムッとしたのがセシリアだ。


「そんなにも私に似合いませんか」


 そう尋ねると、アリティーがふよりと上がる口角を手で隠しながら「いや」と言う。


「似合わないというか、あまりに事実とかけ離れたアプローチ過ぎて……ふふっ」

「殿下。笑い、全く堪えられていませんよ?」

「いや、すまない。しかし『してやられた』の内情が私には伝わってきてなかったのだが、なるほど『騙された』と言い換えた方が良さそうだ」


 それはもう楽し気に笑う彼は、きっとレアなのだろう。

 しかしそんなものが見れた所で全く嬉しかったりはしない。


 と、ここでレガシーが結構真面目な顔で言う。


「詐欺かぁ……でも『何も知らない無垢な令嬢』のセシリア嬢も、ちょっと見てみたいよね」

「嫌ですよ、実はアレちょっと恥ずかしかったんですから」

「え、君でも恥ずかしいなんて事があるの?」

「ありますよ、私を何だと思っているのですか」

 

 そう言ってジロリとレガシーを見れば、いたたまれなくなったのか。

 彼の視線が静かに泳ぐ。


 いけない。

 これ以上この話を続けた所で遊ばれるだけだ。

 アリティーの欲もそれなりに満たされたようだし、と思いながらセシリアはコホンと一つ咳払いをする。


「ところで皆さん余暇はずっと学校ですか?」


 余暇が始まり、もうすぐ一週間になる。

 残りの時間は約3週間。

 セシリアが「私は中2週間は一度王都の屋敷で過ごすのですが」と続ければ、クラウンがまず反応を示す。


「俺は明日からしばらく屋敷だ。帰りは余暇終わりの3日前」


 学校には特に用も無いしな。

 そう言ったクラウンは、どうやら余暇が始まる前から計画されていたこのお茶会に出席する為だけに学校に残っていたようである。


 すると今度はレガシーが、彼とは対照的な事を言う。


「僕は特に帰らない、むしろ部屋に籠って過ごす。鉱物研究の資料なんかはこっちに持って来ているしね」


 むしろ実家に帰る理由がない。

 両手を腕の前で組んでそう言った彼は、有言実行するだろう。

 無理をしなければ良いなとは思うが、今年の彼は学校のせいで例年よりも時間を他に削られている筈だ。

 探求心なり研究欲なりが溜まりにたまっているのだろうから、これを機に発散してほしい。


 その後に続いたのが、テレーサで。


「私は、ちょくちょく行き来すると思います。お呼ばれしている非公式の社交場がありまして」


 そう言った彼女は、おそらく家より学校に居る事で得られる自由を謳歌したいのだろう。


 例の年配メイドという首輪はついたまま余暇を過ごす必要はあるが、家ではおそらく淑女としての完璧を求められる。

 それこそが学校に来るまでの彼女にとっては普通だったのだから、仕方がない。

 が、既にそこに相対的な息苦しさを感じてしまったのだから、好き好んであちらに居たいとは思えない気持ちも分からなくはない。


 そして最後に口を開いたのが、アリティーだ。


「私も城に帰る予定だ。セシリア嬢とは二回目の打ち合わせで登城した時に会うかもしれないな」

「殿下、何故そのような事をご存じで?」

「もちろんデーラ伯爵から聞きだしたからに決まっている」


 彼はそう言うと、「何しろが私の家に来るのだからな」という言葉で自身の情報収集を正当化してくる。


 そんな彼に、セシリアは少し疑いの目を向けた。

 なんせ彼には、2年前にやり過ぎている前科がある。

 セシリアの機嫌を損ねるような手は回さなくなったものの、裏で情報を集めて立ち回ったりするくらいなら彼も平気でやるだろう。


 が、流石にここで言い募るだけの材料も無い。


「……そうですね、同級であればそういう事もあるでしょう」


 友人という言葉を避けてそう言えば、アリティーは何故か楽し気にフッと笑ったのだった。


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