第74話 ゼルゼンのアンサー



 この殿下は本当に、厄介な人である。

 心の中でそんな思いを噛み締めると同時に、セシリアは軽くため息を吐いた。


 彼は確かに人の裏を知りたがり裏で動きたがる人だが、セシリア相手には決して嘘は吐かない。

 それは彼女がずっと確信している事である。


 そういう相手の内情は、いつもなら相手の顔色などから読み取っていく。

 が、この確信だけは別の所からきている物だ。


 2年前、彼にとっての大惨事が起きた後にセシリアとアリティーが為した秘密の約束。

 アレが反故にされない限り、セシリアがアリティーの言葉を疑う事はしないだろう。



 まぁどちらにしても、どうしても見えてしまう顔色からの内心にも、セシリアを謀る色は全く見えない。

 事実として、彼に今言った以上の他意は無いのだろう。


 そう分かるから、セシリアはただ素直に吐露する。


「やって来た相手側の担当者、私を一目見た目だけで『苦労も知らない貴族家の女』『ちっぽけな子供』と判断されたようだったので、これ幸いと私の希望を通させたのです」

「あー、セシリア嬢相手にそれは、一番してはならない事だろう」

「また命知らずな事をしたよね、その担当者」

「セシリアさんが満面の笑みで相手をコテンパンにする様が、まるで目に見えるようです」


 それぞれにそう呟く彼らは、皆一様にどこか遠い目をしている。

 そんな中更に質問をしてきたのは、少なからず内情を聞き知っているアリティーだ。


「その担当者は貴女の事を『ただの夢見がちなガキだった』と言ってるみたいだけど、その実きっちり成果を得て帰ってきている辺りが地味にエグいよね」

「私がエグいのではなくて、相手が考え無しだったのですよ。普通ならばゴネてきそうな内容にも面白いくらいポンポンとGoサインを出してきて、むしろこちらは拍子抜けしたくらいです」


 せっかく事前に想定される質疑応答の内容についてみんなで練っていったのに。

 そう言いながら、セシリアは少し不服を示す。


 実際に、あの時のセシリアは不完全燃焼感を抱いていた。

 もちろんこちらの希望が全て通って結果的には完全勝利だったのだが、準備が大して意味を成さず事前準備をまるで役立てられなかった事については、残念な事極まりない。


「一緒に連れて行った子達の経験や勉強になればという気持ちもあったのに、もう本当に台無しです」

「ふぅん……? ねぇゼルゼン」

「はい」


 セシリアの物言いにいち早く何かを察したのは、レガシーだったようである。

 室内の給仕を一手に引き受けているゼルゼンは、今はちょうど彼の紅茶のお替りを注ごうとしていた所だった。

 

 ポットを少し傾けながらも視線をレガシーに向けた彼は、そのまま手元を全く見ずにちょうどいい分量の所で紅茶を注ぐ手を止める。

 

「君はその日もセシリア嬢と一緒に行っていたんだよね?」

「はい、セシリア様の執事ですから」

「じゃぁこの件も、おなじ部屋で一部始終見聞きしてた?」

「はい、お側に控えておりました」


 その答えは、おそらくレガシーが欲しかったものだったのだろう。

 少し口角を上げながら、彼はゼルゼンにこう尋ねる。


「じゃぁ、君から見て彼女と相手のやり取りはどんな風に見えていたのかな」


 その瞬間、他の面々も揃ってゼルゼンに視線を向けた。

 もちろんセシリアもであるが、彼女だけは回答待ちの他の人たちとは違い「一体何を言うつもりなのか」という疑心の視線だ。


「……あくまでも一使用人の私見ですが」


 そんな中、ゼルゼンは口を開く。


「セシリア様は、まるで『何も知らない無垢な令嬢』の皮を被った狩人のようでした」

「「「「ふっ」」」」


 彼もおそらく周りの空気をきちんと読んで、率直な意見を述べたのだろう。

 執事が主人に向ける言葉としてはあまりに無礼な物言いだったが、それを責める者は一人も居ない。

 

 むしろ客人たちはみな、彼の言葉に吹き出した。

 おそらくみんな、彼の言葉から大体の状況を察せられたのだろう。

 

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