第73話 真実は人の数だけあるから
その気持ちをあえて隠さずに顔色に出して威嚇すると、彼はからかい口調で笑う。
「冗談だって」
「そういう冗談を私が好かない事を貴方は知っていると思っていましたが?」
「ごめんごめん、もう言わない」
たとえ相手が冗談だと思っていても、セシリアは自分の大切なモノが貶されて黙っていられる
もしここが公の場なら間違いなく許していない。
そんな気持ちを込めてジロリと一睨みすると、彼は両手を上げて完全降伏してみせた。
それを受けて、セシリアは「はぁ」と呆れのため息を吐く。
「それで殿下、殿下が私にしたいのは本当にその話なのですか?」
どうにもそうとは思えない。
セシリアのこの口調はそういう類のものだった。
するとそんな彼女の予想はおそらく当たっていたのだろう。
せっかくここまで貫いてきた平和なお茶会が、彼が浮かべた微笑みでガラリと変わった。
――否、もしかしたらそう感じる事が出来たのはセシリアだけかもしれない。
知らない者が笑顔を見たらきっと人の良い笑みだと思ったに違いないが、セシリアの目に掛かってしまえばそんな彼の笑顔だってただのハリボテでしかない。
その奥に、ゆらりと揺らめく仄暗い好奇心が透けて見えている。
そんな状態で、一体何を言おうというのか。
少し構えてしまったところに、アリティーはこう言った。
「つい先日、『貢献課題』の打ち合わせを王城でしたんだって?」
「あぁその事ですか」
もっと面倒そうな話をされるのかと思って構えていただけに、セシリアは思わず「何だ」と拍子抜けしたような声を出した。
王城での打ち合わせという行事があった事については、ここに居るメンツはみんな知っている。
だから他も、特に驚く事はない。
が。
「殿下がそれをここで引き合いに出すという事は……」
「もしかして何かやらかしたの……?」
「セシリアさん……」
3人が3人とも、セシリアの事を何やら妙に疑っている。
その空気を、彼女がまさか気が付かない筈はない。
「そんな心外な」
思わずといった感じでそう口にしながら、セシリアは皆を見る。
彼等は何も口にしない。
が、その目は明らかに言っている。
それは日ごろの行いのせいだと思うけどね、と。
「……別に、あちらがちょっとこちらを侮ってくれたので優位な内にと手っ取り早く交渉をすませただけの事ですよ」
その圧に耐えられなくなり、セシリアはそう白状した。
苦し紛れにティーカップに口を付けるが、生憎と飲み干してしまっている。
グッと押し黙ったところで後ろにゼルゼンの気配を感じた。
ソーサーにカップを置くと、新しい紅茶が注がれる。
それを再び口に持っていき、今度こそ温かさを口の中へと含みながら前を見ると、全員と目が合った。
中でもアリティーは、楽し気に目を細めながらトンとテーブルに両肘をつき顔の前で指を組む。
「私が受けた報告では、『セシリア・オルトガンにしてやられた』という事だったけど」
「それはまた酷い言い草ですね。因みにどなたからの情報で?」
「デーラ伯爵。彼は君が打ち合わせをした部署のトップだ」
「あぁ、あの」
デーラ伯爵。
彼はいわゆる子悪党だ。
いつも大体悪事の片棒を人差し指をチョンッとするくらいだけ担いでいるが、それだけに逃げるのが上手い。
それ故に社交界デビューの時にマリーシアにコテンパンにされて以来、彼は特に表立った悪事が露呈する事も無ければオルトガン伯爵家との対立も関係もないのだが、セシリアは知っている。
実は彼が、アリティーの子飼い――『ハト』である事を。
この場の他のメンツでさえ知らないだろうその事実を、セシリアは敢えて口にしない。
言った所でアリティーを敵に回す事はあったとしても、良い事なんてありはしない。
そう確信しているからだ。
とりあえず、彼はおそらくセシリアの事を少なからず気にしていたのだろう。
だから『ハト』から間接的に私の事を聞いて今日、本人から詳しい話を聞きたくなった。
セシリアも一応、彼女自身がやることなす事ほぼ全てが彼の興味を刺激してしまう事をある程度自覚はしている。
今回もその延長だろう。
限りなく面倒臭い。
「殿下は何がしたいのですか?」
「え? 何って?」
「そんな事を聞いてどうするのですか、と聞いているのですよ。国の為に立ち回りますか?」
そう尋ね、ペリドットの瞳でまっすぐに彼を見る。
王子然として微笑む彼は、品行方正な雰囲気が漂っている――が、その上辺に騙されてはいけない。
楽し気な色が瞳の奥にやはり灯っているのだから。
しかしそれでも彼は言った。
「別に事実を聞きたいだけだよ。立場が違えば同じ物事も別物に見えるなんて事はよくある話だ。私はその違い、とりわけ貴女の視点から見た真実に興味があるんだよ」
と。
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