第72話 勇んできた面々とムースケーキ



 時間通りどころじゃない。

 あの『秘密のお茶会』のメンバーは、そもそもの時間の前に全員集合してしまった。


「皆さん一体何を勢い勇んで来られたのかと、少し驚いてしまいましたよ」


 そう言って紅茶を口に含んだセシリアは、言葉から察せられる呆れ具合とは対照的に優雅な仕草を崩さない。


 セシリアのこの声に、最初に口を開いたのはクラウンだ。


「一応これでも『あまり早すぎても迷惑だろう』と思って5分前に来たんだけどな」

「まさか皆して似たような事を考えていたなんてね」

「まぁそうだよね。僕なんか、クラウン様と途中で会って『偶然だな』とか思っていたら後ろから殿下が追い付いてきて、もう本当にびっくりしたよ……」


 続いたアリティーの声に、レガシーがまるで未だにドキドキする心臓を押さえるような素振りをしながら苦笑する。

 するとそれに納得顔になったのが、テレーサだ。


「それでお三方は一緒にやってこられたのですね? セシリア様のお部屋に出向いたところ、向かいから皆さんがゾロゾロとやって来られたので、私はてっきり『仲良しなのだなぁ』と思っていたのですが……」

「偶々だ」

「偶々だよ」

「偶々ですね」

「そうなのですか」


 少し驚いたように、テレーサはそう頷いた。


 確かに向かいからこのメンツが仲良く歩いてくるのだ、驚いたという気持ちもわかる。

 が、それも「誰か来たな」と思ったら全員入ってきた時のセシリアの驚きには勝てないだろう。


 

 そんな風に割とどうでもいい話から始まった今回のお茶会、紅茶のお供に出されたのはとある人からのお土産だ。


「……本当に美味しいですね、これ」


 フォークでサクリと切り分け刺して食べたのは、紫色のケーキである。


 とっておきを持っていくから今回お菓子の用意は不要だよ。

 今回持って来てくれた人があらかじめそう言っていたから、セシリア側は今回お菓子は全くのノータッチだったのだが、これには確かにその時の言葉をビックマウスと思わせないだけの美味しさがある。

 

「うん、フワッとした生地を包むフワッとしたクリーム……新触感だね」


 セシリアの声に誘われるように食べたレガシーがそんな感想を漏らす。

 特にお菓子に興味が無い彼がこういう言い方をする時は、本当に気に入った時だ。

 一聞すると褒めているようには聞こえないかもしれないが、これでも彼は十分に褒めている。


「ベリーの酸っぱさとクリームの甘さがとても良いバランスですし、ラベンダー色も可愛いですし」

「流石は殿下のオススメ……という感じだな。殿下、これは城お抱えの料理人が?」


 テレーサに続き、クラウンがそう彼に尋ねる。

 するとこのお菓子を持ってきた今日の立役者・アリティーは、おもむろに「まぁね」と言って口を開いた。


「とはいえこれは、マリーシア・オルトガンのレシピをアレンジしたものだけど」


 分かってるだろう?

 そんな風に彼は言う。


 それはセシリアも勿論分かっている事だった。

 セシリアの姉・マリーシアのレシピと違うのは使っているフルーツだ。


「マリーお姉様が使っていたのは我が領地の名産・オレンジ。しかしこちらはベリーを使っているのですね」

「その通り。セシリア嬢の姉君のレシピだから、早く味わってもらおうと思って」


 どう?

 そんな風に聞いてくるので、セシリアは少し考えた後で「私はそれほどお菓子に詳しいという訳ではありませんので、あくまでも素人の感想になりますが」という断わりを入れてから話し出した。


「流石は王城お抱えの料理人のアレンジ品、と思いました。水分量も味も違う果物を使ってここまでクリームのクオリティーを保つ手腕に、私でさえも感銘を受けますね」

「これは中々高評価だね」

「えぇ。見た目の色身も綺麗ですし、オレンジ色とラベンダー色。二つを隣に並べても、双方共に見劣り・味劣りしない品に仕上がっていると思います」

 

 セシリアのその言葉に、テレーサもしきりに頷いている。


「マリーシア嬢のケーキを良く知っている貴女にそう言ってもらえて安心したよ。みんなも、今年の社交界でお披露目する予定だからまだ他には秘密にしておいてくれ」


 そう言われ、みんなそれぞれに頷いた。


 と、ここで彼は「ところで」と空気を改める。


「今日はいつものメイドが居ないようだけど」

「メリアなら、貢献課題の打ち合わせに行っています」

「へぇ? 本来の仕事を放っておいて?」


 アリティーのこの言葉には、おそらく悪意などは無い。

 その紫瞳から垣間見えるのは興味である。


 何故そんな指示をしたのか。

 おそらく「自分ならそうは言わない」と思っているからこそ気になるのだろう。


「私がそう指示しました。今この時期にこの場所でしか学べない事もありますから」

「そうやってメイドを庇うのかい?」

「庇っていません。彼女は彼女の職分に則り私の命令に従っただけです。そもそもメリアが今不在でも彼女はちゃんと仕事をしてから行きましたし、現在はゼルゼンが滞りなく取り仕切っています。きちんとこの場は彼女たちの働きによって守られているではありませんか」


 庇う。

 そんな言葉を使われて、正直言ってかなりムッとした。


 メリアがここに居ない事を彼女のせいにするような物言いも、彼女たちの怠慢だと言われる事も、主としては許容できない。


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