第49話 修羅場を制す者 ~グレアン視点~ ★



 『被害者』と『演説者』の関係性がどうかは知らないが、『被害者』と『加害者』、『加害者』と『演説者』の間がらは間違いなく宜しくない。

 それだけは理解できる。


(おいおいコレ、どうなるんだよ)


 そんな風に思った時だった。

 ニコリと笑った『演説者』が、なんと『加害者』の隣に座ろうとしたんだ。

 ……まぁ速攻で断られたけど。


 でもそれだけじゃぁ引き下がらずに、ソイツは言った。


「アンジェリー様は、この課題で点数を取りたいですか? 『いい成績を取りたい』でも『他を突き放して一番になりたい』でも『目立ちたい』でも良いですが」


「アンジェリー様はこのグループ分けに、どのくらい学校の意図が組まれていると思いますか?」


「そう、試練みたいでしょう? だってこの課題には協力する事が最良なのですから」


 そんな風に話を展開させて周りを引き込んでいく。

 終いには「貴女のような人ならば、『周りを利用してやろう』くらい思っても良いと思うのだけれど」なんて言い始めて、「アンジェリー・エクサソリー伯爵令嬢、貴女はの人なのかしら」とまで来たものだ。


 そしてそれに、流石の『加害者』も乗った。



 その手腕……というか口八丁で人を上手く転がすのが上手い。


 が。


(『周りを利用してやろう』、か。やっぱりコイツも他の貴族と同じじゃねぇか)


 この間の演説で大層な事を語っていたからどんなもんかと思ったら、結局は平民を道具のように思ってるっていう事だ。

 じゃないと『利用』なんて言葉は出てこない。

 

 そう思って落胆に目を閉じようとした、その時だった。


「それは貴方達にも言える事なのですよ?」


 彼女は突然話の矛先を、『加害者』からその他大勢へと向ける。


「将来の出世の為、自らの有能・勇敢・共感を示す為、はたまた大金を手に入れるための足掛かりとする為に、あなた方にも私たちを利用する権利があります」


 コイツは一体何言ってるんだ。

 まるで貴族と平民が平等であるかのような物言いだ。


 そう思うのに、彼女は澄んだペリドットの瞳にはまるで騙す色が無いように見える。


「貴族と平民の差は、立場が負う義務の差と、立場から来る思想の差でしかありません」


 そう言うと、彼女は目敏く何か言いたげにしている物を見つけた。


「キャシーさん、何か言いたい事があるのでは?」

「あ、え、あの……」

「ゆっくりで構いません。ここには貴女が何かを言って怒るような人も居ませんしね」

「え……」


 『演説者』の言葉に『被害者』が「大丈夫って……」と言いたげに『加害者』の方を見る。

 が、それでも『演説者』が動じない。


 それに安心したのだろうか、『被害者』はおずおずとではあるものの口を開く。


「あのセシリア様、しかし貴族と平民には現実に、大きな隔たりがあります。金銭的な差と環境的な差です。それらを除いて両者の差について語るのは些か反発を呼ぶかもしれません」

「あぁそうですね。少し言葉が足りませんでした。少なくとも私は、受けられる貴族が受けられる金銭的・環境的有利は、その分平民の方々の暮らしを護るという重い義務を負う事で、トントンになると思っています」

「しかしそれは――詭弁にもなり得る言葉です」


 驚いた。

 『被害者』は、ずっとおどおどした顔をしていた。

 だというのに、こんなに強い言葉を使うだなんて。


 それはもしかしてその向かいでニコニコと微笑んでそれを聞く、この『演説者』がさせている事なのだろうか。

 ……否、流石にそれはないか。

 多分『被害者』も、自分の中の疑問だからこうもまっすぐに聞けるんだ。


 そんな風に自問自答していると、『演説者』が目の端を緩めて「ありがとう、キャシーさん。私を心配してくれているのですね」と言った。


「それでも私は口にします。平民はその義務を支えるための金銭・税金を納めてくださる。私はそれに見合う振る舞いを、義務に命を賭すことで答えると」


 そう言った彼女は「こうして私が度々自らの考えを皆さんの前で口にするのは、自分の逃げ道を塞ぐという事が一つあるのですよ」と言って笑う。


「ですから皆さん、今の言葉を覚えておいて、私を見張っていてください。今の言葉に恥じぬ行いがちゃんと私に出来ているか」


 そう言った彼女に、グレアンは思わず「なるほど」と思わされた。


 彼女がその言葉を本当に貫ける人間なのかは、はっきり言ってまだ良く分からない。

 が、それでも分かる事はある。


(どうやらコイツ、肝はかなり据わってるらしい)


 グレアンはこの時、初めて貴族というものに興味を持ったのだった。



 その後彼女は断られたはずの『加害者』の真隣りに座り、皆に向かってこう告げる。


「みんなが来たら、とりあえず自己紹介をしましょうか。名前も分からないのでは、呼び合う時に困るでしょう。学科、名前、それから好きな物と嫌いな物でも一つずつ」


 そう言った彼女に『加害者』は、ただ「フンっ」と鼻を鳴らしただけ何ら異論を挟まなかった。


 

 気が付けば『加害者』が発していた周りへの圧も、場の気まずさも、かなり薄れているような気がする。


(これならまぁ、話し合いくらいは出来そうか)


 俺はそんな風に思った。

 が、世の中そう上手くはいかない。


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