第50話 この先5年を考えて、最も効率的な道を



 昼休み。

 セシリアはいつものようにテレーサと2人で昼食を食べつつ話していた。


「今日は三度目の『貢献課題』の打ち合わせ日ですね。セシリアさんの所では何をするかはもう決まったのですか?」

「いいえ、まだ。課題は年度内に成し遂げればいいのですから、ゆっくり決めていこうと思って」


 ステーキを口に運びつつそう言った私に、彼女は少し驚いたような顔をする。


「とはいえ私たちに残された時間は、実質あと3か月弱しかないのですよ? 時間なんて幾らあっても足りないでしょう?」


 そう言われ、「まぁそれはその通りなのですが……」とセシリアは苦笑した。



 学校が始まってから1か月と少しの時が経った。


 学校自体は年間を通して開いているが、その内授業があるのは8か月。

 その上貴族とそれに付き従う従者は社交シーズンになると自由登校へと変わるので、学校に居る期間は長くても4か月+αくらいなものだ。

 そう思えば「早めにする内容を決め動き出さねば」と思う気持ちも良く分かる。


 が。


「それを置いても先に解決しておかなければならない問題がありまして……」

「まぁ、そんな事が?」


 セシリアの声に、テレーサは驚きの声を上げる。


「でもアンジェリー様とは結局、課題期間中は協力体制が取れる様になったのでしょう?」

「えぇ。まぁあの部屋で会う時以外はまるで相手にしてくれませんが」

「それでも毎朝飽きずに挨拶をするセシリアさんの胆力はスゴいと思いますが」


 そう言って笑うテレーサの顔は、どう見ても「セシリアさんってお人好しよね」と言いたげだ。

 だがセシリアは、別にそんなモノの為に返ってこない挨拶を毎日している訳じゃない。


 アレは一応セシリアなりの、周りへの牽制なのだ。

 周りがアンジェリーを必要以上に邪険にする事の無いように、という。


「私自身には別に今以上にアンジェリー様をどうにかしてやろうという気はないのです。それを周りが『私への忖度』という名目を利用して虐めるような事になれば、面倒事になるのは目に見えているではないですか」


 そう。

 つまりセシリアはただ単に、『大きな面倒を回避する為に小さな面倒を日課にしている』というだけなのだ。


 

 だから彼女との関係性が障害になっている訳では無い。


「では周りが勝手にお二人の仲を気にして話し合いが進まない……という事は無いですよね。セシリア様がまさかそんな些事に手こずっているとは思えませんし」

「あら私って、テレーサ様から思いの外高評価なのですね」

「『思いの外』とは心外ですね、私はいつだってセシリアさんの事を高く買っていますのに」


 彼女が褒めてくれるので少しおどけて言葉を返せば、彼女もソレに乗って来た。

 その掛け合いに二人して、どちらともなく「フフフッ」と笑い出す。


 

 彼女の指摘は、実際に間違っていない。

 私が今手こずっている事は、それよりももっと深刻で根の深い事。

 そしてもしそれを放置して話を進めると、この先良くない展開になるのは間違いないと確信出来るような事だ。


「格差がですね、問題なのです」

「『格差』……というと、もしかして貴族と平民の?」


 その一言で分かってくれる彼女を友達に持って、私はたぶん幸せだ。

 セシリアは、反射的にそう思った。


 そう、貴族と平民の間の格差。

 それが今回の問題だ。


「金銭的な差……という訳では無いですよね? となると、精神的な軋轢についてでしょうか」

「えぇ。私とアンジェリー様以外にも、グループ内には他科の貴族が沢山居ます。どちらかというと、問題はその他大勢の方です。貴族はどうにも平民を見下し、平民は過剰にへりくだり過ぎている」


 セシリアのその言葉に、テレーサは「あぁ」と納得声を上げる。


「確かにソレではすべき事と役割分担を決めた所で、平民の生徒たちに大きな負担が行くでしょうね。貴族達は、言い方はちょっと悪いですが『如何に平民を上手く使えるか』という部分の教育を受ける事が多いですから」


 そう言った彼女は、しかし確実にその思想を歓迎していないようだった。


 それはセシリアだって同感だ。

 とはいえ、彼女の場合はテレーサのような聖人君主的な考え方とはまた違う所に重きを置いているのだが。


「何事も、WinWinの関係性が互いにとって最も効率的かつ有用な結果を生むと私は思っているのです」


 だからこそセシリアは現状を受け入れる訳にはいかない。



 今見えているその道は、きっと通れない事は無い。


 今回だけの事を考えるのなら、それは最も楽な道で想定する『良』の結果を齎す。

 そう、今回だけの事を考えるのだとしたら。


「それはまた、ハードルの高い事を考えますね」

「これから5年もこの学校でやっていかねばならないのです。それを考えれば、今の内に面倒事は片付けてしまうのが後々に楽できる、というだけの話です」


 セシリアがそう言いながら小さくため息を吐くと、テレーサはクスクスと笑いながら「セシリアさんらしいですね」と言ってきた。

 が、セシリアからすれば噂に聞く彼女の采配の方がよほど『彼女らしい』と思う。


「しかしテレーサ様の所は、そんな手回しをせずともきちんと統率が取れていると聞きました」

「それだって上辺だけの事ですよ」

「たとえ上辺だけだったとしても、表では有無を言わせない統率力というのには正直言って憧れますよ?」


 そう応じると彼女は「あらまぁ」と少し目を見開いた。


「セシリアさんに憧れてもらえるなんて光栄ですね」


 言いながら笑う彼女は実にお嬢様然としていて朗らかだ。

 が、そんな彼女がまさか若干12歳という歳で人の感情を掌握し大軍を統率してしまえるだけの能力があるのは確かである。


 彼女が私と話すとき、いつだって彼女は周りに貼り付いている取り巻き達を連れてこない。

 何というか、彼女の取り巻き達はかなり『躾が行き届いている』。


「あれだけ皆さんテレーサ様が大好きなのに、テレーサ様を独り占めする私に彼女たちが意地悪の類をしてきた事なんて無いですし」


 そんな風に例を出せば、彼女は少しホッとしたような顔になって「なら良かったです」と答える。



 そんな会話をしながら昼食を食べ終わり、食後の紅茶を嗜んでからどちらともなく席を立つ。


「まぁセシリアさんの心配は、私それほどしていません。貴女ならばきっと既に何か算段があるのでしょう?」


 歩きながら、そんな風に尋ねられた。


 その言葉に、セシリアはフッと笑みを浮かべた。


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