第48話 最悪の事態 ~グレアン視点~



 騎士科一年、平民・グレアン。

 彼は今、『貢献課題』の為にとある空き教室に居る一人だ。


 しかし既に帰りたい。

 何でかなんて簡単だ。


 この場の空気が、最悪だから。

 それ以外の何物でもない。



 そもそもここに来た時には、それほどでも無かったのだ。

 同じクラスの見知った顔が一つあったが、それ以外は初対面。

 それは他も同じようで、だからこの場はソレ特有の緊張感のようなものが漂っていた。

 が、それだけだ。


 だから俺は少し居心地悪く思いながらも、空いている席に腰を掛ける。

 顔見知りは他の顔見知りと隣りあった席に座っていたから、何となく邪魔しちゃ悪いと思って近くに寄るのは止めた。

 俺が一人で座ったのは、入り口から見て中ほどの手前でも奥でもない場所だ。



 座ってから辺りを見ると、制服の色が実にバラエティーに富んでいるのが分かる。


 今見えるだけでも、ほぼすべての科の制服が揃っているのではないだろうか。

 先生は『生徒たちはランダムで選ばれる』とか言ってたけど、もしかしたら一つの組に全ての科の生徒が入るようにはされているのかもしれない。


 と、なればだ。


(貴族の奴らも一緒かよ。うえーっ、面倒なのじゃなけりゃ良いけどな)


 そんな風に辟易とする。



 グレアンの所属する騎士科にも、貴族の子女が数人ほど居る。

 で、その殆どが平民を見下している。


 勿論程度の差はあるし、中には一人「どうしたコイツ」と思うくらいに気さくな奴も混ざっている。

 が、少なくとも俺は貴族というものに、良い印象が抱けない。


 だから『貴族科』だなんてお高く留まった連中になど、猶更嫌だと思ってしまう。


(まぁ貴族なんてどうせ、みんな何かしらこちらを見下す。ならば精々マシな奴だと良いんだけどな)


 頬杖を突いてそう思った。


 その時だ、俺から向かって左側。

 思いの外強く開いた扉の前に立っていた、赤服を見つけたのは。


 


 その赤服は、女だった。

 縦巻きロールの髪はローズピンクで、こげ茶色の目はキッと釣っている。

 その顔を見て、グレアムは瞬時に「うわー、気の強そうな女」と思った。


 しかしどこかで見た事がある気がするのだが、思い出せない。

 

 そんな風に思っていると、右の方からガタンッというちょっと大きな音が聞こえた。

 別に驚くほどの音ではなかったが同時に気を引くような音ではあって、だから俺も何の気なしにそちらに視線を向けたのだ。


 そして俺の、今入ってきたヤツへの既視感が氷解する。



 音を立てた事を周りに謝っている気の弱そうな女は、確か『被害者』の方だ。

 そして今入り口に居るのが『加害者』。

 

 あぁ最悪だ。

 何でいじめっ子といじめられっ子が一堂に会するんだ。


 しかもいじめっ子の方が『貴族科』なんて誰が見ても一目瞭然な権力持ちなんだから、もう終わってる。


(この課題、もう終わったわ)


 萎縮する俺たち下っ端と暴君の図が瞬間的に見えてしまって、俺はそう思い天を仰ぐ。

 天は全く爽快な青空なんかじゃなく、薄汚れた天井だ。

 あぁマジ最悪。



 その『加害者』は、「フンっ」と一つ鼻を鳴らすと入り口に最も近い席にドカッと腰を下ろした。

 俺とは二つ飛ばして隣同士、間にはまだ誰も居ない。


 その後も何人か入室してきたが、グレアンとの間に座る人は皆無である。

 ドアを開けるとみんな一様に『加害者』女に気付いてビクッとなり、それから恐る恐るといった感じで彼女の後ろを抜けたあと、対角側の席に座って周りとコソコソし始める。

 

 話の内容は、俺でも想像できるくらいなんだから本人だって分かってるだろう。

 そのせいか見るからに機嫌が猶更急降下して空気が悪くなるという悪循環だ。

 

 

 しかしその空気感に疲れ始めた時だった。

 更なる災厄が訪れる。


 扉が開き、入ってきたのは赤服だった。

 赤み掛かった金髪に、ペリドットの瞳の少女。

 彼女の事は知っている。

 だって友人・ユンの主人だし。


 でもだからと言って、必ずしも歓迎は出来ない。


(だってそうだろ? どうすんだコレ、『被害者』と『加害者』と『演説者』が揃っちゃったぞ)


 グレアンは、心の中で思わずそう呟いた。


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