第47話 闘争心に火をつけて ★



「アンジェリー様は、この課題で点数を取りたいですか? 『いい成績を取りたい』でも『他を突き放して一番になりたい』でも『目立ちたい』でも良いですが」


 私のこの声は、アンジェリーだけじゃなくて他の面々も聞いている。

 彼等の反応はまちまちだ。


 なるほど、彼らのやる気はある人と特にない人とが半々らしい。

 その辺の問題についてはまた後で考えるとして、とりあえず目下の問題はアンジェリーだが、彼女は今のセシリアの言葉が何かしら琴線に触れたようだ。


 「何が言いたいのか」と言いたげな顔になっている。

 


 まぁでもそうだと思っていた。


 セシリアとしては、アンジェリーは『ことある毎に噛みついてくる面倒な人』というイメージが強いが、その原点にあるのはハングリー精神だ。

 負けたくない、負けてないというその精神こそがセシリアへの対抗意識になるのだから、向上心が合って然るべき。


 むしろそうと踏んでこの煽り方をしようと決めたのだから、無いとこちらが困ってしまう。


「この課題は、いわばグループワークです。一人が突出して凄くても意味がない。課題選定能力の他に、団結力と総合力が試される」

「だから何」

「アンジェリー様はこのグループ分けに、どのくらい学校の意図が組まれていると思いますか?」

「え」


 セシリアの問いに、彼女は想定外の事を言われたような顔になる。

 周りもそんな顔をしているが、それでも彼女は動じない。


 実際に、こんな組み合わせになる確率なんて至極低い。

 

「例えば私とアンジェリー様なんて、私たちのクラスの中で最も最悪の組み合わせではないですか。その上キャシーさんも一緒だなんて、さも周りの萎縮を誘いそうな組み合わせではありませんか?」

「まぁそれは……」

「実際に、今年の一年生は総勢160名。その中から私達3人がたまたま全員おなじ組み分けになる可能性なんてかなり少ないと思いませんか?」


 各組への貴族クラスの配置人数が2人だとしても、16名いるクラスメートの中からセシリアとアンジェリーが同じクラスになる可能性は136分の1。

 その上キャシーまで一緒になるというならもっと可能性は低くなる。

 それを偶然と考える事も出来なくはないけれど、そんな可能性を信じて「限りなく不運だった」と思うよりは「意図的だった」と思った方が納得しやすい。



 そう、つまるところセシリアは、この仮説が合っていても間違っていても構わないのだ。

 ただ単に、感情の溝を理由にして遠回りをしたり、あまつさえ失敗したくないというだけの事で、その理由は結局のところ『そうするのが最も後々楽だろうから』という事に集約される。

 

 何らかの形で学業的な埋め合わせが為される可能性も勿論だけど、それ以上に成績が振るわないと見下してくる不特定多数に、セシリアだって心当たりがない訳じゃない。

 そのくらいには残念ながらセシリアは既に目立ってしまっている。


 それらを追い払う事は可能だろうが、その労力は出来る限り負いたくない。

 つまりはそういう事だった。



 しかしそんな彼女の心を想像だにもしないアンジェリーやその他大勢は、みんなそれぞれ思い思いに考えるようなそぶりを見せる。


「え、これってランダムで決めてるって学校は言ってたよね……?」

「でもまぁあり得ない話じゃないな。じゃないと流石にこんなメンバー集まらなくない? だって誰もが知ってる事件の当事者たちだぜ?」

「という事は、もしかして学校の陰謀が絡んで……?」

「なんかこう、試練みたいだな」


 途中「陰謀」などというちょっと物騒な言葉も一部聞こえたがまぁそれは置いておくとして、出てきた他の良い答えをセシリアはすかさず拾いに行く。


「そう、試練みたいでしょう? だってこの課題には協力する事が最良なのですから」


 が、ここでアンジェリーの要らぬ反抗心に火が付いた。


「別にそんな事はないわよ、一人でだってやろうと思えば――」

「へぇー……」


 話を聞いてくれているから、少しは会話になるかと思えばその程度。

 そんな気持ちがセシリアの声をワントーン下げる。


 セシリアだって、建設的な反論であれば受け付ける用意があった。

 が、このアンジェリーの言葉は違う。

 

 彼女のコレは、セシリアへの闘争心から来る理不尽な切り捨てだ。

 だからこそ、それがセシリアの闘争本能にも火をつける。


「それで貴女は、他の組に大きく劣るゴミ粒レベルのものを出すと?」

「ゴッゴミ粒レベルって貴女ね!」

「だってこれだけ沢山の労働力、色々な科の考えや、一人一人の価値観があればきっと色々な事が出来るのに、貴女はそれを使おうとしない。これほど無駄な事もないですよ?」


 そう言って、アンジェリーを見据える。


「貴女が手にしたいのは『自分一人でどうにかした』という自己満足感? それともみんなで何かを成し遂げた時の達成感や大きな事を成した時に抱ける誇りと名誉?」


 アンジェリーはきっと、否、間違いなく後者を望んでいる。

 それが分かっているから手のひらの上で転がせる。


「そうでなくとも私達は、貴族として皆の上に立ち周りを動かす方法を学ばねばならない。それを育てて近い将来領民を守り、慕われ、周りから誉めそやされる。そんな機会を棒に振るつもりなの? 貴女のような人ならば、『周りを利用してやろう』くらい思っても良いと思うのだけれど」


 アンジェリーは、何かと周りを下に見る傾向がある。

 それについては個人の思想だから、セシリア個人としては気に入らないが口を出すべき事でもない。


 だけど同じ「下に見る」なら、せめて卑下するのではなく上手く転がせよと言ってやりたい。

 そのやり方を手に入れてもし今後もセシリアの敵に回り続けるのなら確かに些か面倒が増えるが、それでも今回彼女の非協力のせいで大コケして科を問わず私の能力を、その後ろにある伯爵家の能力を疑われるような事態だけは避けねばならない。


 だからセシリアは焚きつけるのだ。


「アンジェリー・エクサソリー伯爵令嬢、貴女はの人なのかしら」


 そして。


「――言ってくれるじゃない。いいわ、やってやるわよ」


 その火はまんまとつけられた。


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