第43話 昔の俺に似てるから ★



「なぁんだ、もうバレちゃったの」


 彼の言及に、つまらなそうにそう答えた。


 アンジェリーだって、どんなに嘘を吹き込んだところでセシリアに痛手を負わせる事など出来ないだろう事なんて、最初からちゃんと分かってはいた。

 それでも「少しは困ればいい」と、そんな風に思っていたのだ。


 が、「そうであればこそ」とクラウンは言葉を続ける。

 

「お前の気持ちが全部分かる……とは言わない。が、だからと言って姉の様に慕っている相手に対してソレは良くない」

「そんなのは私とスイ姉様の問題でしょ。大丈夫よ、スイ姉様はそのくらいじゃ本当には私を怒ったりしないわ」


 告げた忠告に返ってきたのは、ある種の信頼とも取れる言葉だった。

 が、そこには甘えが大いに含まれている。


 

 きっと彼女は知らないのだ。

 そういう手法こそ、セシリア・オルトガンが最も嫌うものだという事を。


「……おそらくこの辺が最後のチャンスだぞ?」

「チャンスって何よ。そんなもの貰った覚えなんて無いわよ」

「貰ってるさ。じゃなければ今頃お前はもっと完膚なきまでに叩き潰されてる。2年前の殿下の件がいい例じゃないか」


 そう言われてアンジェリーの脳裏を駆け抜けたのは、アリティー殿下がセシリアを王城に召喚した後の事だ。


 彼には「アレコレ画策した結果振られた王子」という噂が立って、そこに至るまでの汚い影の計略に関しても大いに憶測を交えて語られた。


 例えば目の前で言われれば『不敬罪』にでも処せただろう。

 しかし誰もが陰で物を言い、噂は密かに確実に、深い根を張っていった。

 

 ほんの10歳の子供にとっては悪評というには少し生温すぎる内容だった。

 それがどこまで詳細に本人の耳に届いていたかは分からないが、それでも「何かを言われているという空気感」は伝わっただろう。

 しんどかったに違いない。

 

 が、幾ら王族とはいえ噂を完全に消し去るのは難しい。

 だからと言って既に広まってしまった醜聞に対して今更かん口令を敷く意味は無いし、そんな事をすれば「権威にものを言わせて都合の悪い噂をねじ伏せた」と周りの反感を買うだろう。


 お陰で彼は、当時随分と肩身の狭い思いをした筈だった。


(それなのに今でも何かとセシリアにちょっかいを掛けに行っている彼の気が知れないけれど)


 しかしまぁ、それは別にどうでも良い。


 彼女が将来殿下の側室に入って地位が跳ね上がるのは癪だけど、そもそも殿下は『保守派』陣営の王子である。

 誰がその椅子に座ったところで自分の椅子が減る訳でも無し。

 歯噛みする程の事でもない。

 


 まぁ確かにあの時と比べれば、セシリアを相手取ったというのに今回は少し処置が生温いような気もする。

 が。


「どうせこっちを『対処するまでも無い雑魚』だと思って見下しているんでしょう。アイツはそういうヤツだもの」


 アンジェリーはそう言って吐き捨てた。


 正しくは「対処する労力と放っておいて起こるだろう面倒を天秤にかけた結果の措置」なのだが、彼女はそんな事など知る由も無い。

 それよりも彼女としては、どうしてクラウンがわざわざそんな事を言うのかの方が気になる。


「大体大きなお世話です。放っておいてくれればいいのに」


 そう言ってやると、クラウンは少し眉尻を下げた。


「まぁそう言われればそれまでなんだが……お前がちょっと昔の俺に似てるから」

「貴方に?」

「なんかこう、ちょっと孤立している現状とか、セシリアにチャンスを貰った事とか」

「だから貰っていないってば」


 あくまでもそう言い張るアンジェリーに、「そう思いたいんならそれでもいいが」と一言置いて、彼は最後にこう続けた。


「どちらにしても、周りは代り映えしてお前は考える時間を得た。変わるかどうかはさて置いて、大人に近づくためのキッカケを無駄にしては勿体ない。誰でもない自分の為に、ちょっと考えてみるのも良いんじゃないかと俺は思う」


 小さくくすぶり続けているアンジェリーに、クラウンはそんな言葉をプレゼントした。

 

 勿体ない。

 それはきっと無意識の期待を抱いているからこそで、暗に「お前の真価はそこじゃない」と言っているかのようだった。


 

 が、その事に言った本人も言われた相手も気付かない。

 しかしただ漠然と、この言葉はアンジェリーの心に残ったのだった。


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