第42話 セシリア・オルトガンは大嫌い



 アンジェリー・エクサソリーは孤立している。

 

 当たり前だ。

 あんな公衆の面前でセシリア・オルトガンに追い詰められたのだから。



 アンジェリーは昔から、セシリアという人間が嫌いだった。

 それこそ初めて会ったあのデビューの日の王城以前から、嫌いだった。


 だって父親が言っていたのだ。


「オルトガン伯爵家は、三大伯爵と言われて鼻が高くなっている。同じ伯爵家という身分でありながら『侯爵家にも追いすがる勢いのある家』という触れ込みを真に受けてつけあがり、さも自分が上かのように振る舞ってくる。本当に忌々しい、目の上のタンコブめ」


 と。

 何度も何度もそう言われた。


 お友達の家に遊びに行った時にたまに、『オルトガン』の名前があがる。

 ほとんどの大人たちはその家を肯定的に捉えているようだけど、きっとみんな知らないのだ。

 その家がどれだけ鼻持ちならない家なのかを。


 しかしアンジェリーは知っていた。

 父親から聞いていたから。

 

 だからみんなに教えてあげた。

 だけどみんな困ったような顔をするだけで、真剣に取り合ってくれない。

 だから猶更嫌いになった。



 初めて会った王城パーティー。

 セシリアは凄く目立ってたからどれかはすぐに判別できた。


 本来序列の高い順に国王陛下に謁見するらしい。

 だから我が物顔で早々と並ぼうとしたアイツらの一つ前に父親と並んだ。


 それで少しは鼻を明かせると思ったのだ。

 それなのにアイツはまるで「痛くも痒くもないんだけど」と言わんばかりのすまし顔で、悔しがること一つしなかった。

 その上私よりも後に謁見したくせに、どうやら殿下に気に入られたらしかった。


 私は「やっぱり鼻持ちならない奴だ」と、この時強く思ったのだ。



 それからもセシリアは悉く腹立たしかった。

 私がせっかく男爵令嬢に身の程を教えてやっていたのになんか難しい事を言いながら邪魔をして、大人たちからは「あの年で既に一人前に社交を熟しているらしい」と噂されてはやし立てられ。


 ――あんなの単に仲の良いお友達が居ないから逃げてるんじゃない。

 周りに集まる上級貴族の子達だって殿下だって、一人じゃ可哀想だから同情で相手をしてあげてるだけだわ。


 アンジェリーは、彼女の噂を聞く度にそんな風に思いながら苛立った。



 それでもまだ自分の方が友達が多い。

 そんな気持ちがアンジェリーの唯一と言っていいセシリアへの勝ちポイントだった。

 だって私はこの子たちの女王様だもの。

 逆らう筈なんて無いし、逆らう事は許さない。

 そういう上限関係こそが、私たちを統率の取れた集団にする。


 そんな父からの教えを胸に、私は入学式の日を迎えたのだ。

 ――それなのに。


(なんなのよ、みんなして)


 以前までは、私の言葉に「Yes」しか言わなかった子達は皆、セシリアが出しゃばって来た例の一件以来アンジェリーと距離を置くようになった。


 みんなして「クラスの用事が」と言って、休み時間はおろか昼食さえ一緒に摂ろうとしなくなった。

 普通なら、毎時間休み時間には私の所に来るのが普通だっていうのに。


(そもそも取り巻き達の殆どが、他の科に入った事がいけないのよ。普通は私に従って同じ科に入るでしょうに)


 そう思って不貞腐れる。



 と、一人教室の机に座っていた私の上に影が差した。

 

 最近は同じ科になった子2人も私に近寄ってこようとしなかったけど、やっと来たのね。

 遅いわよまったく。

 これはちゃんと教育してあげなきゃね。


 そう思って顔を上げれば、そこに居たのは意外な人だった。


「頑固だな」

「……何しにいらしたの、クラウン様」


 アンジェリーは素っ気なくそう答えて顔を背ける。

 そんな彼女にクラウンは思わずと言った感じで苦笑して。


「仲間に入れてほしいんなら自分から話しかけに行けばいいだろうに」

「別にそんな事なんて一言も言っていませんけど、何で私がわざわざそんな事をしてやらないといけないの」


 そう答えると、「頑固な上に素直でもない」と言ってクラウンが笑う。


 

 クラウンとアンジェリーは同じ革新派の子女たちだ。

 社交界デビューの前から面識がある顔見知りだ。

 とはいえグループは別だったけど。

 

 というのも、女王様気質のアンジェリーと同じく上に立つ者としての教育を受けていたあの頃のクラウンとでは、そもそも気質が合わなかったのだ。


 その結果アンジェリーは「侯爵なんてただ一つ爵位が上なだけじゃない」という精神で鼻を鳴らして従う事はしなかったし、クラウンは自分たちから寄ってきてくれる人間だけでも既にかなりの数が居たためか、そうでない人間には興味が無かった。

 

 それ故に喧嘩するような事は無かったが、ただそれだけだ。

 

「じゃぁセシリア嬢はどうなんだ。毎朝お前に挨拶してくれてるだろう」

「死んでも答えてやるもんですか。知ってるでしょう? 私はあの女が嫌いなの」


 本当に嫌そうな顔で鼻を鳴らした彼女に、クラウンは「やはり彼女らしい」とでも思ったかのようだった。

 しかしそうして浮かべた苦笑もすぐに、スッと真面目な顔になる。


「だからあんな事を吹き込んだのか、スイ嬢に」


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