第41話 新たな伝手を手に入れた!



「それにそもそも、下僕は男性がなる使用人職ですし」


 この本を引き合いに出すからには、彼女はきっと『下僕』という言葉をを「虐げられるべき存在」ではなく「貴族に仕える使用人職」という意味で出したのだろう。

 が、性別の壁を越えなければならないキャシーには、どうやってもなれやしない。


 そう言い含めて解決……だと思っていたんだが、彼女はまだ折れてくれない。


「いえ、私としてはセシリア様の邪魔にならない範囲で気まぐれに『下僕の様に』扱っていただければと思っているのです!」

「でもキャシー様、そもそも『メイド科』ではなく『農業科』に進学している辺り、特段使用人になりたいという訳ではないのでしょう?」


 内心では「気まぐれに『下僕の様に』」って、一体私をどんな気分屋だと思っているのかと突っ込みたくなってしまったが、敢えて口にせず別の所へと矛先を向ける。



 セシリアは「使用人最底辺の下僕にだって、仕事ぶりの最低ラインは存在する」と思っている派の人間だ。

 下僕だからといって虐めじみた過酷なだけの不要な労働をさせる気なんて更々無いし、仕事をする人間に対して正当な金銭を与えるのも、雇手の義務だと思っている。

 

 その上で、その金が領民の血税から出ている以上はきちんと一定以上の仕事をしてもらわなければ領民たちに申し訳が立たないとも思っているのだ。


 正直言って、キャシーは労働でお金を稼ぐ覚悟が出来ていないようにセシリアには見えてしまっている。

 否、実際出来ていないのだろう。

 そもそも彼女は金銭なんて要求していないのだろうから。

 が、それでもだ。


「キャシーさん、軽率は災いの元ですよ。こちらに良い感情を持っていない『執事科』の方がもし今の話を聞いていたら、「下僕なんて腰掛程度に出来るものだ」と侮辱している様に見られてしまうかもしれません」

「……あっ、いえ……私はそんな……」


 セシリアの指摘で初めて気が付いたのだろう。

 慌てた彼女を「もちろん貴女にその気が無いのは分かっています」と宥めておいた。


 実際に、彼女の瞳の奥にそういった感情は全く見えていなかった。

 無意識に、無自覚に。

 きっとそういう事なのだろう。

 しかしだからこそ相手を一層怒らせるという事もある。



 特にキャシーは『農業科』の生徒。

 将来主従の関係になるかもしれない『貴族科』の私達よりもずっと、平民が多く在籍している科の所属する彼女の方が、彼等との距離は近いだろう。


 そうでなくともキャシーは初日に悪目立ちをしてしまっている。

 彼女に悪気が無いからこそ、助言一つで正されるなら助けになってあげたいとセシリアは思ったのだった。



 しかしセシリアの今の一言で、キャシーはシュンとなってしまった。

 まぁセシリアから見れば今までのテンションこそがキャシーにしては珍しく、今の少し引っ込み思案気質が垣間見える姿の方が彼女らしいのだが、その気が無いのにシュンとさせるのも気分が良いものではない。


 先程のキャシーの、本について話していた時のキラキラとした目。

 元々の読書好きから考えても、おそらく彼女は好きが過ぎた結果ここまでフィーバーしてしまったのだろう。

 もしかしたら主人公に感情移入しすぎたが故の「疑似体験したい病」だったのかもしれない。

 

「『下僕』にはしてあげられませんけれど」


 元々セシリアも、『農業科』の知人が欲しいとは思っていたのだ。

 他科の人間関係などを仕入れる時に、『執事科』と『メイド科』と『騎士科』については従者から仕入れられる。

 が、他の科は中々そうもいかなくって困っていた所があった。


 だからこれは、提案だ。


「例えばですが、たまたま食堂でお会いしたら一緒に昼食を摂る。廊下でお会いしたら挨拶し、たまに一緒に紅茶を楽しむ。そういう事ではいけませんか?」


 別に情報収集それ自体を彼女に頼まずとも、話をしていればクラスの様子は自ずとわかる事だろう。

 彼女は平民に近い貴族階級だし、もしかしたら双方の話が入ってくるかもしれない。

 それを置いてもセシリアは、キャシー自身にも少なからず興味がある。


 それについてもおいおい話を振っていけばいい。



 セシリアの「お友達なら」という答えに対して、キャシーは驚きすぎたのだろう。

 一体どこから出た声なのか、「ピャッ?!」と鳴いてすぐに口を両手で押さえた。

 そして恥ずかしさに顔を真っ赤にさせながら、小さな声で「はい」と言う。


 その答えに、セシリアは微笑みテレーサも顔に大いに喜色を浮かべた。


「セシリアさんと一緒に昼食を食べる日があるのなら、私とも一緒になる事が多いでしょう。私、『革新派』のご令嬢と楽しくおしゃべりできる機会なんて、もしかしたら初めてかもしれないわっ!」


 テレーサが思いの外歓迎ムードだ。

 そもそもテレーサは権力や派閥を笠に着るタイプではない。

 その上近頃は特に大衆向けの娯楽にも興味を示してきていたので、話が合う事もあるだろう。


 セシリアは「下僕にして宣言」からとりあえずうまい具合に着地した現状に、密かに一人安堵した。

 が、一抹の不安も覚える。


(今のこの状況に、テレーサ様の家が一体どう反応してるか……)


 彼女の背後でしかめっ面が隠せていないメイドを見ながら、セシリアは彼女の向こうに透けて見える侯爵にそう思うのだった。


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