第28話 ティーテーブルの雑談で変わりゆく情勢



 因みに現在、条約締結推進派はそのまま『保守派』の三分の二であり、残りの三分の一と『革新派』が慎重派である。


 そもそも『保守派』の存在理由が「近隣国と条約による平和的な協定」という所にあるのだから、本来ならば『保守派』全体が賛成派に傾くのが当たり前なのだが、「条約を結ぶのは良いとしてもう少し慎重になるべき」とする勢力が『保守派』内に現れたのだから仕方がない。


 要はそんな推進派たちが納得せざるを得ない状況を作りさえすれば締結はなる訳で。


「ですからもし殿下が本当に『その気』ならば、共和国との条約締結を推し進めるしかありませんね」

「何を他人事の様に。2年前が一体誰のせいだと思って……」


 そう言った彼は、セシリア、ひいてはオルトガン伯爵家のせいだと言いたいのだろう。


 まぁ確かに、当時の不正を暴いたのはオルトガン伯爵家だった。

 しかし全く罪悪感は無い。


 そもそも悪いのは不正を働いた輩だし、告発の仕方に問題があったにしてもそういう暴露をさせたのは、突き詰めれば誰でもないアリティーのせいである。

 一体何に罪悪感を抱けというのだろう。


 それに、だ。


「別に無茶を言っているつもりはありません。だって、その気になれば可能でしょう? 『保守派』の神輿である殿下ならば」


 笑顔でそう毒を吐いたセシリアに、アリティーは苦い顔で「……言い難い事を色々サラッと言ってくれる」と言って笑った。

 しかしそれでも、それなりにはセシリアに背中を押されたようだ。

 

「なるほど、これはじきに情勢が動きそうですね」

「僕としても、あっちの国で摂れる鉱石の情報とかが知れるようになるのは嬉しいな」


 テレーサとレガシーが交互にそんな風に言う中、クラウンは一人だけ何とも言えない顔になる。


「二人は『保守派』だから良いとして、『革新派』の俺が『保守派』のそんな話を聞いてよかったのか……?」

「そんな事を言ってしまえば、私だって中立ですよ」

「まぁそれはそうなのだが……」


 クラウンは、敢えて「いやそもそも『保守派』の背中を押す中立とは何なのか」とは言わなかった。

 今のはあくまでもセシリア個人がアリティー個人と話をしたに過ぎないのだし、けしかけただけでそれ以上も助力をする気が無い事も分かっている。

 

 あとはクラウンがこの情報を自らの父親・『革新派』の重鎮に報告するか否かについて頭を悩ませるだけであるが。


「別にバレても構わない。こちらの意志がバレたところで崩れるようなヤワな策は練らないからな」


 アリティーはそう言って笑った。


 これは一応彼の優しさなのだろう。


 クラウンに変な心労を与えない為。

 そして役に立たないにしても情報を持ち帰らせる事で、でどうしたって敵対派閥の多いこの集まりに参加する意味を作る為。

 そういう配慮をしている辺り、彼の中でも一応クラウンを含めたここに居る連中の事をそれなりには想っているのだろうと思う。



 紅茶を飲みつつセシリアがそんな風に分析しつつクスリと小さく笑ったところで、クラウンが「そういえば」と徐に口を開く。


「入学式の日のアレと言えば、アンジェリー嬢。あれはそのー……大丈夫なのか?」


 遠慮がちに告げられたその言葉に、セシリアを含めた彼以外の全員が一斉にキョトン顔になった。



 そんな場の空気を塗り替えたのは、意外にもレガシーだった。


「クラウン様、結構言うよね」


 ちょっと意地悪そうなニヤリ顔でそう言われ、今度はクラウンが理解できずにキョトンとする番だったのだが、それを皮切りに続いた他の者達の言葉にすぐにギョッとする羽目になる。


「『大丈夫』って、頭がですか?」

「性格がか?」

「品性が、でしょうか?」

「違うわぁっ!」


 慌てて否定したクラウンは、おそらくそのような他意など全く抱いていなかったのだろう。

 しかしあの言い方では、様々な憶測を生むだろう。


 彼は2年前よりは随分と頭を使うようになった。

 しかしまだやや言葉足らずで考え足らずなところがある。


 まぁそれでも、口が災いの元になる事は彼自身よく理解している筈だ。

 ここだからという安心が彼の口を多少軽く、そして頭を軽率にさせているのだろうという事は少し考えればすぐに分かるし、実際にこの場に居る全員がそれを理解しているだろう。


 だからこれは、ただの遊びのようなものだ。


「で、クラウン様。君が気にしているのは、彼女がセシリア嬢を見る目がヤバい事? それともアンジェリー嬢が周りから孤立している事?」

「……その両方だ」


 サラッと本題に切り込んだレガシーに、クラウンは少し苦そうな顔で答えた。

 するとレガシーは、おそらく予想通りだったのだろう。

 「まぁそうだろうね」と言いながら、ティーカップを口に運ぶ。


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