第27話 『ふっわふわ』を阻む国事情
テレーサとしては「別にセシリアに助けを求めた訳ではないけど、セシリアの第一声を聞いた時点ですぐに『味方に付いてくれる気なのだ』と察した上で、その好意に甘えた」という事実があるから、どうしても申し訳ない気持ちが生まれるようだ。
しかしセシリアとしては、謝ってもらうような事ではない。
「テレーサ様? 私、自分が言ったあの言動に全く後悔していないのです」
セシリアの顔は今、自負に満ち満ちていた。
瞳は曇りなく爛々として実に活力に溢れている。
その表情は、自分を信じて疑っていない。
もちろん後悔なんてものも、微塵も浮かんでいやしない。
「私の言動は全て私自身が決めた私自身の責任です。自分に責任を持ち、最後まできちんと自分で背負い切る事。それが我がオルトガン伯爵家の教えだという事は、テレーサ様もご存じでしょう?」
そう言えば、彼女は安堵の表情になる。
実際に、セシリアが今言った事に一つも偽りなんて無い。
そもそも自分の気持ちに嘘を吐いた覚えも無いし、方法だって間違っていなかったと思っている。
もちろんそのせいで何かしらの面倒事に直面するだろう事は、事を起こす前に分かっていた。
しかしそれでも、両者を天秤に掛けて決めたのだ。
その天秤にかけ終わった時点で既に、自己責任以外の何物でもない。
「……セシリアさんはそういう所、ずっと変わらないのですよね」
呟くような、それでいて少し懐かしそうでもあるその声色に、セシリアは「一体いつの事を思い出しているのだろう」と小首をかしげる。
それが分からないくらいにはセシリアも、テレーサと長い時間を共にして同じ景色を共有してきた。
しかしそれが多すぎて、結局答えは出てこない。
(……まぁいいか。別に分からなくたって)
ほんの2秒考えた後、セシリアはそんな風に思い至る。
だって彼女は、何故かは分からないけれど嬉しそうにしているのだ。
友人が嬉しそうならば、セシリアとしては十分納得できる。
と、ここで一端ティーブレイクだ。
紅茶で喉を潤しながら、セシリアは思い出したようにお菓子をみんなに勧める。
「実はコレ、お姉様からお裾分けで頂いた『新作』なんです」
私がそう付け足すと、テレーサが目をキラキラと輝かせた。
「マリーシアさんの!」
「ふぅん、それは期待できそうだね」
「あぁ、彼女の作る物は新しくて美味しいからな」
「それは私もラッキーだったな」
そう言って、それぞれに手を伸ばし焼き菓子を食べる。
今日の菓子は、見た目だけで言うとシンプルなスポンジ菓子だ。
上にクリームやフルーツが何も乗っていないソレは、新しいとも退化したとも言えるかもしれない風貌をしている。
しかしシンプルさは、素材を楽しんでもらうための敢えて演出に他ならない。
「このお菓子……甘味が上品でまろやかですね」
「あぁ、過度な甘みじゃないのに甘さが印象に残って……これは甘いものが苦手な者でも美味しく食べれるんじゃないか?」
「ふっわふわの生地なのに、しっとりしてるけどパウンドケーキ程ずっしりと重くない」
それぞれに、少なからず感動してくれているようである。
セシリアとしては姉の試作品がこのように評価してもらえて嬉しい限りだ。
と、ここでアリティーが聞いてくる。
「今日の紅茶、この国では珍しい渋みを持っていると思ってはいたが……もしかしてこの菓子との相性を考えて?」
「良くお気づきですね」
「まぁこれだけ組み合わせが素晴らしければな」
彼もまた上機嫌な様子を見ると、気に入ってくれたのだろう。
「これはまだ試作品だと言っていたな? 完成品が出来たらまた食べてみたいな」
「それはまぁ、機会があれば構いませんが……しかしこの茶葉もケーキに使っている砂糖も、国外からの頂き物です。例えば王族主催の社交パーティーに出すにしても、大量に作る事は難しいと思いますよ?」
「因みにどこからの?」
「共和国です」
「共和国……か」
セシリアがすんなりと告げたその言葉に、アリティーは少し考えるような顔になる。
「共和国って、確か以前条約を結ぶ話が上がっていた所ですよね?」
そう言いながらまた一口そのケーキを口に入れたテレーサに、彼は「そうだ」と頷いた。
「2年前、とある告発者のお陰で条約締結を笠に着た横領を未然に防いだんだが、それ以降『条約締結慎重派』が声を大にしたお陰で未だに締結が成っていない」
共和国とは、かなり前にとある『不幸な事故』によってありとあらゆる国家的交流が無くなってしまい、人的・物資的に現在は交流が無い。
そんな中で共和国の一個人と、個人としてのパイプを維持している数少ない家の一つがオルトガン伯爵家だ。
だからこそ、個人的な贈り物の範囲でのみセシリアはかの国の茶葉や調味料を入手できる。
そんな事情を王子である彼が、まさか知らない筈はない。
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