第29話 逆恨み令嬢もセシリアは気にしない ★



 入学式の日の一件で、セシリアに敵対し『負けた』令嬢・アンジェリー。

 彼女には、皆それぞれに何かしら思う所はあるようで。


「私たちと同じクラスだから、否応なしに彼女の周りの変化は目に入ってきてしまうからな」


 呟くようにそう言ったアリティーの言葉に、セシリアは「確かに」と思いながら彼女の現状を反芻する。



 あの日のあの言動は、平民だけじゃなく下級貴族たちの反感も買った。

 それは実際にあの場で虐げられていたのが貴族の末席に連なる者だったのだから、当たり前と言えばそうなのだろう。


 しかし彼女の横暴自体は、今までもそれなりにはあった。

 


 それを見つけてしまう度に、セシリアは「面倒な」と思いつつも『義務』として苦言を呈していた。

 が、そもそもテレーサやクラウン、アリティーの前では事を起こさない分別くらいはあったので、大きな問題にはなった事は無い。


 そんな中、アンジェリーからの被害を受ける立場にあった下級貴族達には「もし現状を打開できるとしたら、それはおそらく唯一表立ってアンジェリーと対立するだけの立場と、アンジェリーを圧倒するだけの舌論能力を持つセシリアだけだ」という期待を寄せていたに違いない。


 しかしセシリアは「噂話に流される愚を犯さないためにも、自分自身が実際に見聞きした事以外では行動を起こさない」という信条を持っている。

 それを今まで曲げた事はただの一度も無かった為、結局彼らは権力に負ける形で泣き寝入りしていたのである。



 しかし、その状況が変化した。

 それが先日の入学式の日の一件だ。


「セシリア嬢は、沢山の目があるあの場所で彼女の行いを非難した。しかしそれは、彼女自身の人格を否定したものではなかった筈だ。それなのに……」


 そこまでで言葉を止めてしまったクラウンは、もしかすると自分の苦く辛い過去を思い起こしているのかもしれない。

 それほどまでに、今のアンジェリーを取り巻く周りの雰囲気は当時の彼を取り巻いていた雰囲気によく似ているものだった。


「おそらく沢山の平民という賛同者を得てしまったのも良くなかったのでしょう。同調する人数が多ければ多いほど、人は自らの考えをより肯定しやすくなってしまいますから」


 そう続けたのはテレーサで、彼女の顔に隠しきれない憂いの表情を浮かべている。

 どうやら二人とも、周りから孤立し非難されているアンジェリーを「可哀想だ」と思っているようだ。



 しかしそれに反論する者も居る。


「でもそれって、いわゆる自業自得でしょ? クラウン様だって、それを認めて頑張って、だから今があるんじゃない。その努力をしていない人間を、少なくとも僕は擁護する気にはなれないね」


 キッパリとそう言い切ったレガシーは、おそらく「その現状はセシリアのせいでは絶対無いし、クラウンと彼女では性格も心の在り方も違う」と言いたいのだろう。

 それは実際その通りで、貴族としての在り方を説いたセシリアにの言葉に彼女を過剰に貶めるようなものは含まれていなかったのだ。

 現在彼女が孤立している原因は、彼女の過去の振る舞いに加え、現状でも全く反省していないからに他ならない。


 勿論彼女だって流石に周りに向かって「私、反省なんてしないから!」なんて宣言をしたわけではないのだが、そういった気持ちは言動の端々にどうしたって漏れ出てしまう。

 つまり過去のクラウンの様に心から反省し周りに誠意を見せなければならない現状でそれを怠っているアンジェリーは、やはり自業自得なのだ。



 まぁしかしおそらくレガシーのこの厳しい言葉は「そういった現状に対するもの」というよりは、クラウンの過去の努力への敬意とそれと同等な事をせずにただ憎悪の目をセシリアに向けてくるアンジェリーに対する怒りの表れなのだろう。


 そして言葉の裏にある友人の優しさに、クラウンはちゃんと気が付くことが出来ていた。

 だから「君が気にする必要なんてないじゃないか」という彼のぶっきらぼうなメッセージに、思わずフッと笑みを零す。


「ありがとう、レガシー」

「……別に」


 嬉しいクラウンとちょっと照れた様子のレガシー。

 もし彼らが男女だったら、おそらくここにはいい雰囲気が流れたのだろう。

 惜しくらくは、彼らが友情を契った親友である事である。

 


 ともあれ、だ。


 クラウンが先ほど言った通り、事実としてアンジェリーは孤立していて、彼女自身それを「セシリアのせいだ」と思っている節がある。

 それはあの憎悪と言ってもいいかもしれない鋭く重い恨みの視線を見れば誰にだって分かるだろう。


「実害が無いので、こちらから手を出す予定はありませんが――」


 セシリアは、徐にそう言って目の前に用意されていたお茶菓子のクッキーをサクリと一口口に入れる。


 そして言った。


「もし何かあった場合は、勿論相応の対応をする事にします。だからクラウン様、ご心配には及びませんよ」

「……それはそれで、違う意味で心配なんだが」


 そんなやり取りをしつつ私たちのティータイムは何だかんだで楽しく過ぎていく。



 しかしこの時はまだ、思いもしなかったのである。

 まさかこの騒動が、あんな明後日な方向に行くなんて。






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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700428159297487/episodes/16816700428821876977


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