第24話 どなたかのせいで
「私だって、いつも体裁くらいは整えているではないですか!」
「ここで『体裁』なんて言葉が出てくる時点で、もうアウトだと僕は思うよ」
「これでまったく悪びれないのがセシリア嬢らしいというか……」
そう答えた彼らは揃って、視線をセシリアから逸らす。
その代わり、同じ相手をまたその目に映し、こう言った。
「「で、どう思う? ゼルゼン」」
示し合わせなどしていないのに綺麗な二重奏を決めた声に、ゼルゼンは紅茶の蒸らし時間を測るために見つめていた手元の懐中時計から視線を上げる。
彼が少し驚いているという事に気が付いたのは、おそらくセシリアだけだっただろう。
そんな見事なポーカーフェイスで、彼は言う。
「そうですね……。『実にお上手だな』と常々感心しています。セシリア様ほど伯爵令嬢の体裁を保ちつつご自分の都合通りに事を成す方は、早々いらっしゃらないと思いますので」
「うん、確かにな」
「綺麗にオブラートに包んだね」
「誰一人として褒めていませんね?」
ゼルゼンの声にクラウン、レガシー、そしてセシリアが順番に後を追い、ポーカーフェイスと納得顔と称賛顔と不服顔が四つ巴でかち合った。
しかし表情ではなく意見で決を取るとすると、間違いなく3:1で「『また』と言われる程じゃない」というセシリアの意見が負けている。
クラウンとレガシーが仲良しなのは良いとして、だ。
ゼルゼンまであちらに付くとはどういう事か。
そう思って胡乱な視線を向けるのだが、そんなものは華麗に流される。
まぁここ二年、セシリアが出る社交の場には必ずゼルゼンも追従していたし、暇を社交のオフシーズンにセシリアの家に遊びに来ていた時にはそれなりに話もしていたようだから、もしかしたらセシリアの知らないところで育まれた友情というのも、少なからずあるのかもしれない。
セシリアとしては自分が気に入っている相手同士が仲良しなのは嬉しい事だ。
しかし何だろう。
ちょっと疎外感を抱いてしまったのも事実だ。
と、ここでまたタイミングよく、部屋のドアがノックされて、お茶会要員が全員揃った。
現在室内には、5人の貴族家の子女たち、セシリアの従者である3人、そして招待された残り四人の従者がそれぞれ一人ずつ居るだけだった。
実のところ招待客は、それぞれ従者を連れてこなくても既に居る3人が自分たちのフォローを十二分にしてくれるだろう事が分かっていたし、むしろ居ない方がよほど気兼ねなく話せるのだが、そこは流石に従者の方が許さない。
だから仕方が無く、ここでされる話に対して無関心か我慢が出来るか。
そのどちらかに適した人間をそれぞれが選抜して連れてきている。
この人選は選抜した本人が気兼ねなくここで過ごすためのものであり、半ば無礼講気味なこの集まりで無礼に値する物言いをした場合に従者伝手に家にその内容が報告されて、相手の家に迷惑を掛けないようにするための配慮でもある。
セシリアが見る限り、その配慮は全員がそれぞれにちゃんとしてくれているようで安心した。
それと同時に嬉しくもなる。
そういう人選をし、おそらく出しゃばって来たであろう『家の為の従者たち』を言いくるめるという手間を割いてでも、この時間を大切に思ってくれているという事だから。
などと思いながら、セシリアはゼルゼンが淹れた紅茶をゆったりと口内で味わい安堵にも似たため息を吐いた。
今日は流石にセシリア好みのちょっと渋めの紅茶ではなく、万人が好む淹れ方がされている。
それでも十分美味しいのだから、彼の手腕は確かなものだ。
師匠の教えが良かったのか、それとも彼の努力の賜物か。
「否、両方だろう」とセシリアは密かに独り言ちた。
と、ここで徐に沈黙が破られる。
「正直言って、セシリアさんがこのお茶会を開いてくださって良かったです。周りの目を気にしないで済む集まりなんて、少なくとも私はここ以外では考えられませんからね」
彼女は昔から、場をやんわりと掌握するのが上手いというか、雰囲気作りがとても上手だ。
そのお陰もあって場は、ピリッとした緊張感からほんの少し解放されて――いない、残念ながら。
「まったく……せっかくのプライベートなお茶会だというのに、どなたかのせいでクラウン様とレガシー様が緊張でガッチガチになってしまっているではありませんか」
台無しだ。
そう言って、セシリアはわざとらしく深いため息を吐いた。
勿論わざとだ。
そしてそれを、この場の全員が瞬時に理解しただろう。
そしてそれが、誰を指した言葉なのかも。
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