第7話 オルトガンの血は許さない



「アンジェリー様は、『また』下級貴族の躾をなさっているのですか?」


 ニコリと笑ってそう告げれば、彼女は得意げに「そうよ!」と言って声を張る。


「この馬鹿が変な粗相をしないように、私自ら教育してあげている所なの。だから貴女はそこで黙って見ていらっしゃい!」

「私は最初から見ていたわけではありませんから、貴方のなさっている事に対する正当性の有無は分かりません」


 そう言うと、失望や怒りの感情が幾つもセシリアへと刺さる。

 おそらくこれは「貴族は貴族の理不尽を、やっぱり目こぼしするのだな」と思い、それに関する感情という事なのだろう。


 しかしこればかりは仕方がない。

 だって何も知らない状況で、まさか言いがかり紛いの言葉を投げる訳にもいかないのだから。

 それに。


「どなたかがきちんと説明してくだされば良いのですが――してくださる方も、どうやら居ないようですし」


 周りに視線を巡らせながらそう言えば、すべての視線が遠退いた。

 

 そう。

 おそらくこの状況を説明すれば、アンジェリーの悪行を指摘する事になるのだろう。

 貴族のソレを指摘できる度胸があれば、セシリアが来るより前に誰かが立ち上がっていなければおかしいのである。


 先ほどセシリアに非難の目を向けた人たちは、結局のところ他人任せでしかない。



 そんな人間に痛い視線を向けられる筋合いは無いのでまず最初に折っておき、セシリアは「さて」とアンジェリーに視線を戻す。


「しかし、それならばせめて、もっと落ち着いた場所でなさった方が良いのでは? 例え貴女が善意で行っている事だとしても、周りからどう見えるかは大切でしょう?」


 ヒートアップするアンジェリーに対し、セシリアはあくまでも冷静に、かつ優雅にそう言葉を返す。

 何時ぞやと同じような自らの切り口が、何だか少し可笑しかった。

 しかしそれは、今も昔も変わらずそう思う事の証明なのだから仕方がない。


 しかしそうして浮かべた口元の笑みは、意図せず彼女の怒りを呷ってしまう。


「12ある伯爵家の内でも『三大伯爵家』なんて言われてるからって、いつもそうやって偉そうに……家は同格なんだから、貴女にそんな事を言われる筋合いは無いというのに!」

「『三大伯爵家』なんてそんな肩書、所詮はどこかの誰かが言い始めた非公式の呼び名です。私自身、そこに何の名誉も誇りも感じてはいませんよ。貴女個人に対して何かを言う筋合いが無いもの確かに事実ですし」

「なら――」


 なら口出ししないでよ。

 彼女はおそらく、そんな風に言いたかったのだと思う。

 しかしセシリアは、それを遮りこう言った。


「しかし、同じ爵位・同じ上級貴族としては、貴女に言わねばならない事が一つあります」


 同じ爵位の相手に何かを指摘されるような筋合いは無い。

 アンジェリーはそう言うが、それは大きな間違いだ。


 セシリアは「だからこそ指摘する必要がある」と思っている。

 そうでなければ、誰がこんな面倒事に首を突っ込んでなどやるものか。

 内心で、そう独り言ちる。


「事情を知らない私から見ても、このように『他者の注目を浴びる場でこれ見よがしに注意したり暴力じみた事をしたりする必要性』を、私は全く認めません。これは一重に、貴族としての品位を損なう行為ですよ?」


 周りがどう思うかを全く想像出来ていない鈍感さを、そんな風に指摘する。

 それはセシリアが「アンジェリーは周りが見えていないからこそ、このように

暴走するのだ」と思っていたからに他ならない。


 そんな彼女の2年前から成長しない浅はかさがそうさせている。

 これは彼女を「見栄っ張りのくせに思慮深さには欠ける人物」という評価をしているからこその言葉だった。


 

 だから、次の瞬間セシリアは思わず目をスッと細める。


「上級貴族である私に粗相を働いて、目を付けられた。そんな状態でこの後クラスメイトは進んでこの子と友達になりたいと思うかしら? つまりこれは、行った事への報いを示す行為、むしろ貴族としての品位を示す行為なのよ」


 嗤いながらそう告げたアンジェリーからは、明らかに故意の悪質さが見て取れた。


 そんな事は分かってるわよ。

 そう言った彼女は、しかしやはり周りが全く見えていない。


(一体誰の入れ知恵かしら)


 現状では分からない。

 が、アンジェリーという少女は、良くも悪くも直情型だ。

 誰かから助言を受けたりしなければ、そんな後々の悪影響を見越した制裁などしないだろう。


 そうするように仕立て上げた誰かの影が見え隠れする。


 

 が、それとこれとは話が別だ。


 アンジェリーは、この後相手が受けるだろう精神的苦痛を分かっていて、こんな事をしているのである。

 その事だけで、セシリアが容赦する余地は完全に塗りつぶされた。



(――なるほど、これはよろしくない)


 彼女をここで放置してはならない。

 だって彼女のこの精神と行いは、人道的にも、貴族的にも決して許されるべきではない。



 

 セシリアの生家・オルトガン伯爵家には、子供の頃から言い聞かされる幾つかの教えが存在する。


 これを見逃せば、その内の『貴族の義務は果たす事』と『常に領地と領民に恥ずかしくない言動をとる事』に抵触する。


 そして、何よりも。


(単純に、腹が立つ)


 互いにそのような手段でやり合うのなら未だしも、だ。

 一方的な仕打ちはそもそも、セシリアの好くところでは無い。


 その上、今の彼女はこのやり方を『世渡りするための手段』ではなく『他者を貶め虐める事で自分の中の支配欲求を満たすための道具』として使っているのが、顔に浮かぶ優越感や愉悦から良く分かる。


 そういう精神は、間違いなく周りに圧政を振りまくだろう。




 セシリアは、ゆっくりと瞼を閉じた。



 『やり返して構わん』

 『やるならば徹底的に。完膚なきまでに。正しさを示せ』

 

 父親から過去に言われたその言葉が、そして彼女自身の経験が、セシリアの取るべき道を示す。

 結局場所や年月・状況がどんなに変化しようとも、セシリアの行動は決して変わらない。

 

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