第二章:トラブルで広がっていく人たちの輪

プロローグ

第9話 両極端な過剰反応




 入学してから5日が経った今、先の一件に対するセシリアに対する反応は大きく二つに割れている。


 セシリアに良い感情を向ける者と、悪い感情を向ける者だ。



「セシリア様、おはようございます!」


 掛けられる見知らぬ者からのそんな声に、セシリアは外向きの笑顔で応じる。

 制服は赤ではないし、貴族の子女の顔を見て余裕で全員の名前を諳んじる事が出来る彼女が知らない人たちなので、間違いなく平民だろう。


 これは最早、毎日の登下校時の風景と化していた。

 セシリアに対する好意的な反応が正にコレなのだが、それが必ずしも嬉しいかというと実はそんな事もない。


「セシリア様、人気者だもんなぁ」


 呟くようなユンの言葉に、セシリアはあくまでも外向きの微笑を浮かべたままの状態で「嬉しいかと言われれば、正直言って微妙ですけれど」と小さく応じた。

 しかしその実、苦笑したい気持ちでいっぱいだ。



 自分は相手を知らないのに相手は自分の事を知っている。

 セシリアにとってはそれが、ひどく居心地悪いのである。



 従者三人に、なるべく生徒の情報を集めてもらうようにお願いしておいた。

 が、それでも社交界デビューの日に他貴族たちの個人的な繋がりや個々人の性格などを補完してくれた父親のような人間は、残念ながらここには居ない。


 セシリアには2年前に、貴族の情報をすべて覚えた実績がある。

 だから情報さえ揃っていれば、全学生・教職員の情報を覚える事もまた可能だろうが、入れるべき情報が無ければただの宝の持ち腐れだ。


 この居心地の悪さは、確実に当分続いていくのだろう。

 そう思えば、些か憂鬱になってくる。


「……だから学校生活に気が進まなかったのに」


 危惧していた面倒事の足音が、周りからの視線となってひしひしとセシリアに伝わってくる。

 だからこそそうため息を吐いたのだが、それにゼルゼンがピシャリと言った。


「でもそれは、セシリア様自身の行動の結果ですからね」

「……ねぇゼルゼン。『自業自得だ』って言いたいのは分かるけど、もうちょっと主人に優しくしてくれてもいいんじゃないの?」


 口を尖らせて「やっぱり最近優しくない」と言った主人に、執事は平然と告げる。


「確かにソレも思いましたが『少なからずこうなると思っていた』という言葉を添えておきましょう。まぁそれでも、予想以上に早い行動ではありましたが」

「まぁそれは最初から分かっていた事でしたから置いておいて、最近は良くない感情を持った視線を感じます。セシリア様も十分にご注意ください」

「別に大丈夫だろ? 今のところ害意は感じないし、いざとなった俺が居るしさ」

「セシリア様ご自身の心構えのお話よ」


 ゼルゼンの言葉に続いて、メリアにユンも順番にそんな話をし始める。


 それを聞きつつ、セシリアは「確かに守られる側の人間が注意するに越した事は無いだろうな」と考えた。


 もし万が一セシリアに何かあれば、そのしわ寄せは対処できなかった従者たちにも降りかかるのだ。

 セシリア自身が自覚を持っても無駄にはならない。


「そうね。いざとなったらユンが助けてくれると思うからあまり心配はしていないけど、私自身も気を付けるわ」

 

 そう言えば、ユンが得意げに「セシリア様はいつもどんくさいからな!」と言ってきた。

 するとメリアが目くじらを立てて「主人に対して『どんくさいだなんて!』と食って掛かり、ユンが「あぁん?!」とそれに応じる。


 それを見たゼルゼンがいつもの風景にため息を吐き、セシリアはそのやり取りに何故か無性に『平穏』を感じつつまたされた挨拶に笑顔を返す。



 が、貴族・平民問わず挨拶をされ同じように返しているこの状況が果たして好意的に受け入れられるかというと、必ずしもそうではない。


「ねぇ見ました? セシリア様、また下級貴族や平民から挨拶をされて喜んでおいでですよ?」

「上級貴族がそのような扱いを受けるなど……下の者に舐められて一体何が楽しいのか」


 クスクスと笑いながらわざわざこちらの耳に届くように告げられた言葉たちに、セシリアは内心で面倒な気持ちを抱きつつチラリとそちらを確認してみる。


 

 見覚えがある。

 彼女たちはアンジェリーの取り巻きだ。


 

 彼女たちの言葉には別に、腹立たしさは抱かない。

 その代わり、全くの的外れで非生産的なその会話に「しょうもないな」とは思う。


 そもそもセシリアに挨拶をしてくれる相手は、なにも下級貴族や平民ばかりではない。

 その時点ですでに間違っている上に、挨拶をされて返しただけで何故『舐められている』という話になるのだろう。

 こちらを軽んじる挨拶のされ方をしているのならば未だしも、だ。

 全くそんな事は無いのだから良く分からない。


 つまり、だ。


(何か理由をつけてこちらに文句を言いたいだけ、という事なのよ)


 そんな事に時間を使うだなんて、とても残念な人たちである。



 しかし、これは予想された反発でもあった。

 だってセシリアは、こうなる可能性を以前兄姉から指摘されていたのだから。


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