第八話 フォレンツ王国のいちばん長い日 未明
アウス暦1884.5.17 03:12
空を飛んでいた。
こうも簡単に空を飛べるのかと思う程高く、だがそれも、巨大な烏の上に乗っての話である。
「ヒィィィィィィッ!!?高い高い高い!!!死んじゃいます!!」
「うっ、ううううろえるなアイシャ!こここれしきぃぃぃ!!!」
「しっかり掴まってて下さい!すぐにつきますよ!」
そう言って乗せられてたのは、全長10mはあろうかという巨大な烏であり、先程までいた宿営地が豆粒になる程の高さに上昇し、馬より速く移動していた。
宮本殿とアニルカードという副官が操る2羽の烏の上に、背中に捕まる形で乗せてもらっていたが、
『これは、とんでもない事だ、我々の上を行く銃火器に魔法、さらにこの烏を使って爆撃でもされたら、我々には手も足も出ない!』
「王女殿下!トバしますよ!」
「ちょ、ちょっと待、うわあぁァァァァァ!!?」
その後ろを飛ぶ大鴉の上で、殺気だった視線をとばす者がいた。
「あいつ…宗助にベタベタと…」
「ア、アニルさん!もう少し速度を落として下さい!」
「うるさい!こっちもトバすわよ!」
「ひぃぃぃぃ〜ーーー!!?」
そして、ものの数分でリュクサンブール宮殿の裏庭に降り立った。
「はあはあ…死ぬかと思いました…」
と、うなだれる副官の横でなんとか立ち上がり、宮本殿と話をする事が出来た。
「か、感謝します、宮本殿。うぷっ…」
「大丈夫ですか!?少しトバしすぎたみたいですね。では、見つからないうちに我々はこれで、どうかご武運を」
「ああ。必ず戦争を止めてみせる」
そう言うと、2羽の大鴉は翼を羽ばたかせ、空へと戻って行った。
「いつまでもうなだれている場合では無いぞ、アイシャ!これから急ぎ父や抗戦派の者達と会い、戦争を止めなければ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい団長!」
「父上!早朝から申し訳ありません!お話があって……市橋殿!?何故ここに!?」
「ああ、これは王女殿下。お早いお戻りで、少し長く喋りすぎてしまいましたね」
「よく言う。このタイミングを狙って、長々と話しておったのではないかね?」
そこには父上と市橋殿の姿があった。
「ち、父上!?これはどういう…以前から市橋殿と通じていたのですか!?」
「私が説明しましょう。国王陛下とは、シャティー要塞の前にお会いし、直接交渉に参っていたのですよ」
「何だと!?」
「決闘の結果を以って、降伏か抗戦かを決めて欲しいという内容です。結果はご存知の通り、引き分けによる1日の停戦。王女殿下にも降伏に納得してもらった今、再度ご決意を伺いに参った次第でして」
「ソフィー。お主が捕まり宮本殿と話し、降伏を受け入れると言ったそうだが、確かか?」
「そ、そうです。しかし、これはあまりにも…」
「解っている。お主が何を言いたいのかも、全て。しかしな、ソフィー。我らには、降伏するしか手が無いのだ、解るな?」
「はい…それはもはや覆せない事実だと思っています。だから早く、抗戦派と話を!」
「その事もじゃ、大部分の抗戦派とは話がついておる。残る一派は1つだけじゃよ」
「それは、いったい?」
「お主じゃよ、ソフィー。残された抗戦派は、お主と近衛騎士団のみなのじゃ」
「え…」
「我々としては、如何に王女殿下に納得していただけるか、思案していた所なのですよ?拉致でも行い、無理矢理話の場を設け様かとも思ったおりに、まさか本人が直接偵察に来るとは、思ってもみませんでした。しかしこの機を逃す訳にはいくまいと思い、多少の無礼を働かせていただきました」
「そう言う訳だ。ソフィー、近衛騎士団の説得、引き受けてくれるな?」
「はい、命に変えましても。近衛騎士団の説得、果たしてみせます」
「うむ。では、急ぐのだ」
「はっ!!」
近衛騎士団隊舎
「団長!お戻りになられましたか!」
「帰りが遅いので、よもや敵に捕まったのではないかと、メル連隊長も心配してた所だったんですよ」
「すまない。それより大事な話がある。メルは何処だ?」
「奥の会議室で、作戦を練っている所です」
「作戦?いったい何の作戦だ?」
「はい、リュクサンブール宮殿に巣食う売国奴共を一掃し、戦争を継続する為の作戦です」
「なっ!!?」
「その折には、ソフィー殿下の名の下に決起すれば、必ずや他の部隊も呼応する筈です」
「…くっ!!」
『メル、いったい何を考えている!?』
「メル!」
「ソフィー!戻るのが遅いから、敵に捕まったんじゃないかって、心配してたんだよ!大丈夫なのかい?」
「そんな事よりも!クーデターを起こすつもりとは、いったいどういうことだ!!?」
「決まってるじゃない、私達はまだ負けてない。戦争を続ける為にも恭順派を一掃して、私達が主導権を握る為に…「戦争はもう終わった!!我々は降伏するんだ!」そして…何だって?ソフィー、何をいってるの?」
「我々は降伏する!!これ以上の戦闘は無意味だ!!」
「………何を…言ってるの?だって、最後の一兵になるまで戦うって、あなたが言ってくれたのよ?」
「…ああ、確かにそう言った。けど私は敵と話し、彼らはこれ以上の流血は望まない、民と国の安全を保障すると、約束してくれた!もうこれ以上
戦う必要は無いんだ!」
「そんな事どうでもいい!!」
「!」
「リオンの死はどうなるの?ここで降伏したら、リオンや私達の子供は……」
「……メル?」
「……偽物だ」
「メル?」
「こいつは偽物だ!敵の偽物だ!この偽物を捕らえろ!」
「!?おい、メル!?何を…くっ、離せ!」
「地下室に閉じ込めておけ!」
「メル!」 ガッ!!
頭に衝撃を受け、そこで意識が途切れた。
「姫様!?メル!貴様自分が何をしているか解っ「ザシュ」・・・・・・・・・え?」
ドサッ
血の付いた剣を握りながら、誰に聞かせるでも無く、メルは一人呟いた。
「私の戦争は、終わってない。……急ぎ団員を集めよ!これよりリュクサンブール宮殿の売国奴共を討つ!」
「うっ……ここわ…?」
「気がついたか」
「ゲオルグ!?くっ、何だこれは!?」
「悪いが、縛らせてもらった。事が終わるまで、ここでおとなしくしててくれ」
「ゲオルグ!この縄をほどけ!こんな事をして、一体何になる!?メルには子供だって…!」
「……子供ならもういない」
「えっ…?」
「あいつ、リオンが決闘を受けるってのを聞いて、ずっと祈ってたんだ。そんな心労が溜まってる時に、リオンが死んだって報告を聞いてな…そん時に…」
「そんな、事が…」
「だから今のあいつには、もうなにも無い。なんにも、無くなっちまったんだ。そんな時に降伏と来た。受け入れる筈が無い」
「そ、それでは心中ではないか!?そんな事に団員達は!」
「それだけじゃねぇよ。他の団員達にだって、理由がある。あいつらがここに来るまでに戦った味方の中には、身内がいたやつや、自分なりの考えがあって、戦うと決めた奴もいる。俺は後者だな」
「そんなの、そんなの間違っている…!」
「悪いな、時間だ。もう会うことも無いだろう……近衛騎士団に誘ってくれて、ありがとよ」
「待て、ゲオルグ!ゲオルグ!!」
バタンッ
ドドドドドドドドドドドドッ!!!
何百物の騎馬が、リュクサンブール宮殿を目指し進む姿を、はるか頭上から見下ろす者がいた。
「本当に、総統の言うとおりになっちゃった…急いで宗助に知らせないと!」
フードを被り、蝙蝠の翼を生やしたアニルカードの姿が、そこにあった。
アウス歴1884.5.17 06:00
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