第七話 フォレンツ王国のいちばん長い日 深夜

アウス暦1884.5.17 00:37

天幕にある木造の簡易ベッド上で、ソフィーは意識を覚ました。

「う…ん、ここは、どこだ?変な奴にビンを見せられたと思ったら、急に意識が…って、そうだ!アイシャは!?」

「うーん…」

隣で寝ている副官を見つけ、たたきおこす。

「アイシャ、大丈夫か!?おい、寝ぼけてないで起きろ!」

「ファッ…あ、姫様…そうだ!あの蛇の様な男に突然眠らされて…」

「そんな事は後まわしだ!とにかく、ここから逃げ出さなければ「まあ、そう慌てずに、ゆっくり見学されて行かれてはどうです?」

と、ベッドの背もたれの方から、あの胡散臭い声がしてきた。

「貴様、先程の!私を捕らえて、何が目的だ!?」

「いやぁ、こちらの様子をうかがっている様でしたので、お招きしただけですよ。少し眠っていただきましたが、それ以外は何もしておりませんので、御安心を。私は市橋鎌之助という者でして、お名前を伺っても?」

「我こそは、現国王オーギュスト・ネイが「我々はオーギュスト・ネイ国王の近衛騎士団の者だ!」

と副官が割り込んで来たかと思えば、顔を近づけて小声で、

「自分の素性をばらすつもりですか!!?」

「むぐ、むがぁ!?」

「ほう、近衛騎士団の偵察と言った所ですか、まあいいでしょう。何にせよ、我々の司令官に会っていただく事に、変わりはありません」

「むぐむがっ、プハァ!そちらの司令官に会わせるだと?どう言うつもりだ!?」

「偵察。つまり、我々の事を知りたいからここに来られたのでしょう?なら、我々の司令官に会って話をするのが、1番手っ取り早いのでは無いのですかな?」

そう言われるとそうとしか答えられないと思い、

「それは…確かにそうだが…」

言葉に窮してしまった。

「こちらへ、眠られている間に話は通してあります。さ、遠慮なさらず」

「ソフィー…」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。それにこの状況、行くしかあるまい」

そう言い天幕から出ると、周りをアンデッドの大軍が取り囲んでいた。

「道を開けよ」

市橋鎌之助と名乗った男がつぶやくと、アンデッドは左右にわかれ、不動の姿勢をとった。その奥には、彼らの国旗と思われる旗が掲げられた天幕が有った。

「こちらです」

そう言うと市橋は、先を促した。

「ソフィー…!」

「案ずるな、この様に招いておいて、今更殺す様な事は無い筈だ」

などと副官に言い聞かせるも、まさか自分が敵を信じろなどと部下に言うとは、思いもしなかった。

そして天幕の中に入ると、机を挟んで若い青年が席に座っていた。

「失礼します、司令官殿。こちら、フォレンツ王国近衛騎士団団長、ソフィー・ネイ殿とその副官、アイシャ・ド・アルブレ殿をお連れしました」

「!!」

『こちらの素性は、把握済みか…ならば!』

「いかにも、我こそはフォレンツ王国近衛騎士団団長、ソフィー・ネイである。此度の歓待、謹んでお受けする」

『こうなれば、後は天に身を任すのみ』

「突然この様な場所に連れ出し、申し訳無い。そちらの席へ。私はアウスフィルド軍南東方面軍司令官、宮本宗助。こちらは私の副官」

「アニルカード・バーツゥと申します。以後お見知りおきを」

「我々の意志を伝える為、この場を設けさせてもらった。単刀直入に申し上げます。降伏していただきたい、我々はこれ以上の流血は望みません」

それを聞き、即座に頭に血がのぼったのが分かった。

「ッッ…!流血を望まぬと言うなら、何故王国に攻め寄せた!!?貴公らが来なければ、血など流れず、リオンが死ぬ事も無かった!!」

「仰る通りです。しかし、総統にはある目的があって、戦端を開かなければならなかった」

「総統!?それは、貴公ら君主か何かか!?いったいどの様な理由が有って、我らに攻め行った!?」

「より良い人間社会の実現の為、総統はそう仰った」

「そのより良い人間社会の為に、リオンは死んだのか!?ふざけるな!」

「我々は流血は望まない、それは本当だ!降伏さえしてくれれば、これ以上の戦闘は行わない!」

「貴様達の勝手な理屈だと言っている!」

「これ以上の抵抗は無意味だ!」

「我々は最後の一兵になるまで戦う!」

         バサッ

「失礼するぜ、うるさくて寝られやしない」

騒音に嫌気が差し、突如として天幕の中に入ってくる者がいた。

「秀!?寝ていなければ駄目だろう!?」

「だったら静かにしてくれよ。こっちの天幕まで声が聞こえてきたぞ」

『この男、知っている!リオンと戦った魔槍術師!』

「貴様がリオンの仇か!?」

「ああ?ああ、あいつと戦ったのは、確かにオレだ。あんたは?」

「私は近衛騎士団団長ソフィー・ネイ!リオンの戦友だ!」

「…それで?ここへなにしに?あいつの仇討ちか?」

「この場で相まみえたからには、見過ごすわけにはいかない!」

「そうかい…いいぜ」

「おい、秀!?何を言ってる!?体だって治りきっていないだろう!」

「ただの人間に、遅れはとらねぇよ。それに、オレはただの棒で良い」

「なっ!?ふざけているのか!」

「いいから、外に出ろ。相手してやる」

「待て!」

「姫様!」

「おい!秀!」

「まあまあ司令官殿、ここは抑えて。野田の大将も、あの決闘を負けと思っている限りは、殺したりしませんよ」

「だったら、何故勝負なんか…」

「それは…」




空を飛んでいた。

人間がこうも簡単に宙に舞えるのかと思う程高く、だがそれも、直ぐに重力に引っ張られ、地面へと墜落した。

「ぐふっ!」

「姫様!!?」

「こんなもんか。まあまあの腕だが、あいつには遠くおよばねぇな」

「ぐっ…まだまだ…本気で…やれ!ただの棒などと…フザケているのか!!」

「あいつとの決闘は、オレの負けだったからな、殺しゃしねぇ、そう言う約束だからな」

「…何!?」

「あいつは自分の命と引き換えに、テメーらを守る為に闘って死んだ。だから、殺さねぇ。それでも死にたいってんなら、今日の日が落ちた後に来い。そん時は、殺してやる」

「今日の日没後?」

「そうだ、オレは納得してねえが、宮本はあれを引き分けにして、1日の猶予をだした。降伏か抗戦かのな。それで抗戦を選ぶなら、オレは遠慮しねぇ、全力で燃やす」

「………」

『こやつは、間違いなくそうするし、そう出来るだけの力を示した。それをしないのは、リオンとの約束が有るからだと言う。だったら…』

「…降伏すれば、民に災禍が及ぶ事は無いのだな?」

「ああ、燃やさねぇ」

「リオンに誓ってか?」

「ああ、リオンに誓って、な」

「…解った。近衛騎士団は降伏を受け入れる」

「姫様!?よろしいのですか!?」

「民に危害は加えぬと、この者は誓った。あのリオンと戦った者が、だ。ならば信じよう」

すると、またも後ろから、

「大変有り難いことです。しかしながら、徹底抗戦をとなえる者は、まだまだ他にもいるのではないですかな?王女殿下?」

「市橋殿か、確かに多い事は認める。しかしその者らも、私が説得してみせる。約束する」

「ふむ、なるほど。こう仰っていますが、いかがされます?司令官殿」

「感謝します、王女殿下。我々も協力は惜しみません」

「貴公の言う、より良い人間社会の実現とやらを信じた訳では無い。民が災禍に見舞われるのを、防ぎたかっただけだ。その約束を信じれると思ったからこそ、降伏するのだ」

「かまいません、どの様に思われても。これ以上の流血が防げるなら、それ以上の望みは有りません」

「そうか…では急ぎ宮殿に戻り、抗戦派を説得しなければならない。私は、これで失礼させていただく」

「お待ちを。なら、我々の移動手段を使うといい」

「……?」



アウス暦1884.5.17 02:23


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