第一話 始まりのアウスフィルド

ある大陸の廃城の一室、そこで一人の老人が、図式の書かれた円の前で一人何かの呪文を唱えていた。すると円が光だし、円の中から人が現れたのだ。

「ほお、これは珍しい、今まで物しか出てこなかったが、人がでてくるとわな。おいお主、名前は何といって何処からきた?」

と、老人は尋ねたが、どうやら言葉が通じていないようだった。

「ああ、これはいかんな」

そうつぶやくと、老人は何かの呪文を唱えた。すると、

「おいじいさん、あんた何者だ!?ここはあの本に書かれていた異世界ってやつなのか!?」

と言葉が解るようになっていた。

「ふむ、これで会話が出来るな。さて、最初に聞いたが、お主の名前と、何処から来た?それが解れば、お主が言う所の異世界というやつで間違いないぞ。」

「あれ、言葉が通じる?え、あっと、名前は箕島三郎、日本という国にいて、そこである儀式をしていたんだが、ここはどこなんだ?自分が元いた世界とは違うと考えていいんだよな?」

「そうじゃな、今聞いたことから察するに、少なくともお主がいた世界とは違うのは確実じゃな。日本などと言う国はワシの知る限り、この大陸には存在せんからな。それよりもお主、今儀式と言ったか?お主の世界にも、ワシのような技術があるのか?」

『あの本は本物だったのか…』

「ああ、すまない。こんな技術があるのかという話だが、はっきり言って、無い。歴史上では魔女がいた、なんて話もあるが、少なくともオカルトや迷信、変人しかやらない様なことだと思っていい。」

「そんな変人しかやらない様な事を、お主はやっていたのか?なんの為に?」

「はっきり言って、この儀式は一種の現実逃避みたいな物だったんだよ。普段の活動がうまくいかなくて、そんな時に、異世界に行ける方法の書かれた本を手にいれた。半信半疑だったが、今の現状を変えるには持ってこいだと思って、この儀式を試したという訳だ」

「なるほどな。ところで、異世界に行く方法が書かれた本を手に入れたと言ったが、見せてくれるか?」

頼むと、躊躇しながらも本を渡してもらい、

「…ああ、いいよ。どうぞ」

「ふむ。ああ、やはりワシの記録帳じゃな。30年前にこの儀式をやった時にそっち世界に飛ばしてしまったんじゃな。しかしそうなると、こちらの世界の物を行き来させるのも可能か?いや、じゃが…」

「!?そうなのか!?じゃあ何であんた、こんな方法…いや、それよりも何でドイツ語とひらがなをしってるんだ!?」

「ドイツ語が何処の国の言葉か知らんが、これはワシの母国語をこの儀式で知り得た、ひらがな?というのか?それを使って書いただけじゃよ。他人が読んでも、ひらがなの知識が無ければ、ただの記号のら列でしかないからのう。」

『!?同じ様な儀式をしていて、ひらがなを知り得たってのは分かった。だけどあれは、ドイツ語が元になっていた。それは間違い無い、いったいどういう事だ?いや、今はそれよりも…』

「要するに、お主はワシが書いた本の内容を解読し、儀式を行なった。そして、同じ儀式をしていたワシと門が繋がり、お主が来たと言う訳か。ん?お主、もしや円の中で呪文を唱えたか?」

「そうだが?」

「ああ、それでお主が出てきたという訳か、ワシは普段、円の外でしておったからな。納得じゃよ」

「その辺の事は、後でいくらでも教える。それよりも、あなたはいったい何者で、ここはドコなんだ?」

「そうじゃな、名乗りそびれておった。ワシの名は、オットーネ・ハードゥリアン、知の探求者じゃ。そしてここは、「アウスフィルド」外れた、無くなった土地という意味じゃ」

「アウスフィルド、聞いたことの無い地名だな。ここで、なにをしていたんです?」

「お主と同じじゃよ、異世界の門を開いておった。お主の言う日本という国から、物を手に入れる為にな。」

「じゃあ、貴方は何度もこちらの世界に干渉していたのですか!?それは、いつから!?何の目的で!?」

「そう興奮するな、順を追って話そう。ここアウスフィルドは、かつては帝国が存在し、周辺を列強に囲まれ、常に一進一退のせめぎ合いを繰り返しておった。ワシはその国の第三王子で…まあ待て、話を最後まで聞け。そこでのワシは周りから神童と評されるほど頭の持ち主でな、それに目をつけた父が様々な学問や知識、その当時に知り得たありとあらゆることを学ばせた。ワシも知ると言う事は、何よりの喜びでな、その待遇を甘んじて受け入れたよ。その甲斐が有って、様々な新技術を生み出したりもした。その一つが、異世界の門の技術じゃ。これを最初に行った時に日本と繋がり、その時にある物を手に入れた。」

「手に入れたって、何を?」

「見せよう、こっちの部屋じゃ」

そういうとハードゥリアン翁は頑丈な扉で塞がれた一室に案内され、そこには…

「銃!?火縄銃に日本刀に鎧兜、こっちは三八式歩兵銃に十一年式軽機関銃に試製二型機関短銃、大砲や迫撃砲まであるのか!?」

それ以外にも、年代ごとの衣服や本、道具などが所せましと置かれていた。

「ほう、それは火縄銃と言うのか、それはそこにおいてある剣と鎧兜と一緒に手に入れてな、それらを使って帝国は、またたくまに周辺国を蹴散らしたのじゃ」

「ここにある、全部の武器を使って?」

「いや、実際に運用されたのはそこの剣と鎧兜、そして火縄銃だけじゃよ。それ以外は、同じ様な儀式を10年ごとに行って手に入れた物じゃからな」

「ちょっと待ってくれ。10年ごとに!?じゃあ、ここにあるもの全部手に入れるのに、何年かかったんだ!?」

「たしか…170年程じゃったかのう」

「170年!?貴方いったい何歳なんだ!?」

「たしか今年で、184歳になるな」

「184歳!?不老不死か何かなんですか!?」

「こんなヨボヨボの爺さんを目にして、不老は無かろう、そして不死でもない。この肉体自体は、ちゃんと死を迎える」

「じゃあ、いったい…とんでもない程の長生きという訳ではないのでしょう?」

「複製じゃよ。自分が若い時の体を保存し、それを元に複製、そして意識を複製体に移し、体が寿命を迎えたら、また複製。それの繰り返しじゃよ、本体は別のところにあって、今話してるのは複製体じゃ」

「つまり、貴方は知識を得る為の端末にすぎないと?」

「そうじゃな。少しでも長く世界に関わり、知識を得る為に、な」

『何でも有りだな、異世界ってやつは…』

「ハードゥリアン翁、貴方のその力を見込んで、頼みたいことがある。」

「何じゃ?」

「自分に手を貸してくれないだろうか?貴方がいれば、私の国を変える事が出来る」

「国を変える…お主、活動家と言っておったな。」

「そうです。それよりも、貴方が言った内容はどれも私の世界では不可能な事ばかり、となれば、これ以外にも途轍もない能力があるのでは?

それを少しでも、国を変える為に手を貸して欲しい。」

「手を貸すこと事態は考えてやらぬ事も無いが…そもそもお主、どうやって帰るつもりだなのだ?今の儀式で帰るつもりなら、最低でも後10年はかかるぞ?」

「………何?」

「お主が読んだ本には、一定期間を置いて魔力が溜まらぬと儀式は出来ぬと書いてあった筈じゃが?少なくともこちらの世界で儀式をやるには、10年待たんといかん。170年実験してみた結果じゃ、まず間違い無い」

「な!!?」

「まあ、そうしょげるな。それよりも、お主がいた世界について詳しく教えてくれぬか?知識、文化、技術、思想、お主が知る限りの事を教えて欲しい」

「ハードゥリアン翁…すまないが少し、一人にしてくれないか…頭の中を整理したい…」

「ああ、まあよかろう。正し、早めにしてくれ?」



「どうじゃ、落ち着いたか?」

「ハードゥリアン翁…10年は帰れないとは、間違いないんだな?」

「ああ、それは間違い無い。何度も試した事が有るからな」

「そうか………二つ質問がある。ここにある銃や大砲を複製して量産する事は出来るのか?」

「元になる素材がある限りは、可能じゃぞ」

「素材というのは、鉄や鋼の事か?無から創造している訳じゃないのか?」

「それは無理じゃよ。ワシの使う複製の技術は、いわはば過程を早めて物を造りだす。例えば、剣を造ろうと思うならば、同量の鉄か鋼を用意せねばならなん」

『つまり…魔法というより、錬金術に近いのか…』

「あともう一つ、それは人でも可能か?」

「人の複製、量産か?容れ物を創ることはできても、魂が無ければ動かんぞ?」

「魂?」

「そうじゃ、それが無ければ生き物は動かん。ワシのこの体も、動かせるのは一体だけじゃからな。代わりと言っては何じゃが、不死者なら大量に創れるぞ?」

「不死者?」

「一度死んだ者の骨に魔力をそそぎ、一定時間動かせる存在の事じゃ。教育を施せば、それなりの事は出来る様になるぞ?何じゃお主、もしかして自分の軍隊が欲しいのか?なんの為に?」

「ハードゥリアン翁、貴方は国の王子で周辺国に囲まれていたと仰ったな」

「ああ、そうじゃが?」

「今も人のいる国は有るのか?」

「ああ、あるぞ。大小様々な国がな」

「その国々には、こういった銃や大砲が配備されているのですか?」

「いや、基本的には火打式銃に先込め式の大砲くらいじゃな。ああそれと、高い魔力を持った兵士が、剣や槍を使うくらいじゃな」

『魔法使いってやつか、脅威度は未知数だが、技術力のアドバンテージはこちらにあるか…』

「戦争でもする気なのか?何の為に?」

「最良の統治を見極める為です」

「何じゃと?」

「自分は活動家で、国を改革しより良い国家を築きたいと思っています。その為には、今までに無い方法で国を運営しなければならない事もあるはず、だったら、元の世界に戻る10年の間に、この世界で試そうと思いましてね。その為には、他国を乗っ取れるだけの軍事力がいる」

「この世界の人間を使って、社会実験をするという訳か、面白い事を考えるのう。して、どのようなことをするのだ?」

「色々です。資本主義、社会主義、民主主義、独裁主義、自由主義、共産主義、私の世界で行われていた政策はもちろん。まだ、実践されていないもの全て、この世界の人間で試す。私の戦争を起こす。そうすれば、貴方の知らなかった事を知る事が出来る。その過程も結果も、どうです?ハードゥリアン翁?」

「ホッホッホッ、確かに知の探求者としては、実に魅力的な誘いじゃな。良かろう、面白そうだ。して、どう協力してほしい?先程の武器や兵隊は用意するが、他には?」

「現実的なあれやこれやもそうだが、不死者だけってのは心もとない、何か無いだろうか?」

「ふむ、それなら強い魔力をもとから保有している生き物を使うのが良かろう。ここアウスフィルドには、そういう生き物が多く生息している。何か注文はあるか?」

「そうだな…じゃあまず最初に狼、そして鳥、虎、獅子、鬼、蛇、蝶、蝙蝠、まずはこの八つでいい、それ以外はおいおい考える」

「ふむ、だいたいは分かるが、鬼とは何じゃ?お主の世界にはそんな生き物がいるのか?」

「やっぱり、異世界といえど鬼はいないのか…えーと…お、ちょうどここに鬼の絵、と言うか鬼をモチーフにした武者の絵だが、まあいいか、こんな感じだ」

「ふむ。こんな生き物は見たことが無いが、こういう感じの兵士を創れば良いのだな?」

「そうだ。強そうってのは、それだけでも戦力になる。相手に恐怖を与えるからな」

「ま、よかろう。こういうのを創れば良いのだな?」

「頼む」

『ここから全てが始まる、ここから!』


この後、3年の月日を費やして不死兵を複製し、各地を巡って巨大な魔力を持つ獣を兵士に変え、それを戦力に大陸全土に侵攻、私戦を起こす事になるのである。

それはまさに、異世界遠征であった。



アウス暦1881.9.22

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