第ニ話 ノルウェストゥ城壁の戦い

アウス暦1884.5.10

アウスフィルド南東にあるフォレンツ王国との国境、ノルウェストゥ城壁。

そこは、見渡す限りの平原を前に、切り立った山々の間に造られた城塞都市である。

そこで兵士が、眼下に居並ぶ敵と睨み合っていた。片方のフォレンツ王国の兵士はフリントロック式の銃を持ち、鮮やかな青と白の軍服を着た「人間」であった。

だが、相対する存在は違った。

我々の様な色鮮やかな軍服では無く、黒ずくめの鎧兜。

それも、プレートメイルとも違う見た事の無い鎧で、持っている銃や剣も我々とも違った。

いや、そんなのは些細な事だ。

明確に我々と違う点、相手が人間では無いという事、相対しているのが全て、アンデッドなのだ。


「まさか、本当にアンデッドだけで編成されているとは……それも鎧兜を着て、銃を持っている?数は5千程か?あんなの見たことないぞ」

『アンデッド兵自体は、我が軍でも運用した歴史は無くは無かった。

だがまず第一に、数を揃える事自体が難しい、大量の状態の良い遺骨がいるからだ。

部隊として運用しようとすれば最低でも百人の死者がいるし、アンデッドと言えど頭さえ叩き割れば行動不能にする事はできるから消耗はする。

運用するにしても、初期は小隊規模か、大量の死傷者が出ている末期戦の状態でも無い限り数を揃えられないし、仲間の士気にも関わる。

この数の運用をするには、相当の時間と死者がいるはずだが、いったいどうやって?そもそも誰が?

北西にあったという帝国は160年前に原因は不明だが滅んで、小さな集落や城があるだけの魔物住処になっている筈。更に北西のドラグノフか?』

「うろたえるな、サックス」

「将軍!」

見るとそこには、兵を引き連れたノルウェストゥ城壁軍総司令官のアンドレ・ド・ノマジがそこにいた。

「たしかに今までの例に無い事ではあるが、見た所剣や銃だけで大砲は遥か後方、それも我々の大砲の有効射程から3倍も離れている。この距離で届く砲など、この世界に存在せん」

「了解です!将軍!」

『…兵の手前、サックスにはこう言ったが、借りにもここに届くまでの砲を有している様な相手ならば、この城壁では…』

「いやあ、実はそれが存在するのですよ」

「!!!」

突如として後ろから、絡みつくような声色の声が聞こえてきた。

「き、きさま何者だ!?どこから現れた!」

周りの衛兵が騒ぐと、腰まである長い髪を束ね、黒いコートを羽織った、我々とは違う黒い服を着た男が答えた。

「お初にお目にかかります。わたくしはあなた方が今対峙している軍勢、アウスフィルド軍情報室室長、市橋 鎌之助(市橋 かまのすけ)と申します。本日はあなた方に降伏を要求しにまいりました」

「何だと!?きさま、フザケているのか!」

「いえいえ、我が軍の司令官はお優しい方で、無用な血は流したくないと考えておりましてね。あなた方も、無駄な犠牲は出す必要は無いでしょう?」

「その減らず口、叩き斬ってやる!」

「待て!」

今にも斬りかからんとする兵士を、ノマジ将軍が戒める。

「ノマジ将軍!」

「今、無用な血を流したくない、と申されたか?ならばそもそも、貴殿らが攻めてこなければ良い話では無いかな?早々に、お帰り願おう」

「ふーむ、おっしゃる事はもっともなのですが、これは我らが総統閣下がお決めになった事でしてなぁ、それは無理な話なのですよ」

「なるほど、相わかった。しかし、ここを通す訳にはいかん。であるならば、一戦交える他ない、と申し上げさせて頂く」

「ふぅ、解りました。では、当初の予定通りにさせていただく。では、これにて」

そういうと男は我々の間をすり抜け、城壁から足を踏み出し、落下したかに思えたが、

「なっ!?」

突如として現れた巨大な烏の足を掴み、悠然と飛び去ってしまった。

「それでは皆様、お達者で!」

それを城壁の兵士は、ただ呆然と見るしか無かった。

「ハッ!何をしている、撃ち落せ!」

「よい」

「しかし、将軍!」

「軍使を撃つなど、もってほかだ。どの道この距離では、弾の無駄にしかならん。しかし、色々な事が解った」

「と、言いますと?」

「あの者は軍を名乗り、しかも情報室。そして上の者を司令官、さらに上の存在に総統なる者がいると公言していきおった」

「……つまり?」

「奴らは、今まで押し寄せてきた獣の群れの様な存在では無く、命令系統を持った。軍集団ということだ」

「そんなバカな!?」

「住民の避難はどうなっておる?」

「それが、今までの魔物の撃退もあって、全体の2割しか避難出来ていない状況です…」

「急がせよ!さらに近隣の駐屯地からも援軍を要請せよ!相手は明らかに今までの敵とは違う!」

「はっ!直ちに!」

「他の部隊にも、急ぎ「ヒュ~ーーーーー……ドォォォォォンッッッ!!!」

「な、何事だ!?」

「砲撃です!それも、空から!」

「馬鹿な!?この距離を曲射で!?ありえん!」

「く、来るぞ!退避ィーーー!!!」

「ヒュ~、ヒュ~、ヒュ~、ヒュ~、ヒュゥゥゥ…ドドドドドンッッッ!!!!!」

砲弾は雨の如く降り注ぎ、あたり一面を瓦礫へと変え、身を伏せるしか手の施しようがなかった。

『何だこれは?何だこれは!?何なのだ、これは!!???』

「サックス隊長!城壁が崩壊!壁の意味をなしていません!」

「敵が前進してきます!」

現場は混乱すれど、指示は出さねばならない。

「迎え撃て!」

「ほとんどの大砲が破壊されました!」

「撃てる砲だけでもかまわん!直ちに撃ち返せ!!小銃隊は有効射程に入り次第撃てぇ!」

「今のを聞いたな!?射撃準ぐばぁっ」

「なっ!?」

突如兵士の顔が吹き飛び後から、銃声が響いた。

「ターン…」

「敵の射撃!?この距離で!?」

「銃ですら我々より上だと!?」

そして続けざまに、壁に何かが当たる音が聞こえてきた。

「パシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシィ!!!」

「この音、着弾音!?連発まで出来るのか!?これではもはや、戦にならん!」

「サックス隊長!このままでは!」

「ギリィッ!後退だ!全部隊に通達!直ちに後退せよ!」

「はっ!了か「ヒュ~ーーゥゥゥ…ドンッ!!」

「グハッ!」

そこで私の意識は途切れた。






















『うっ…気を失っていたか…戦闘はどうなった?』

「ジャリィ」

気づくと目の前に人影があった。

我々の様な色鮮やかな軍服では無く、プレートメイルとも違う黒い鎧兜で、持っている銃や剣も我々と違った。いや、そんな事は些細な事だ、明確に我々と違う点、それは…

     「お前達は…何者なんだ?」



         パンッ





「敵軍の抵抗無し、制圧したって」

「分かった、負傷して動けない捕虜の保護に当たれ」

「りょーかい」

ノルウェストゥ城壁を攻撃する不死兵の後方にある天幕。その中で、黒の洋服を着て赤いマフラーをした青年が、黒い軍服を着たツインテールの少女に命令を伝え、それを全軍の不死兵に伝達させていた。総統の言っていた、不死兵間特有のテレパシーというものらしい。

「早いものですなぁ、たったの3時間で終わるとは」

「市橋か、被害はどれ位になった?」

「大したことはありません。50体ほど行動不能になっただけで、すぐに補充できます」

「こちらの被害もそうだが、相手の被害は?」

「さあ、正確には分かりませんが、半分強、おおよそ6千と行ったところですね」

「そんなにか…」

「いや、思ったより少ないですよ?敵の将軍が戦力差をいち早く察知して、すぐさま撤退行動をとりました。今では、死んでる人間以外、残っているのはいませんよ。しかしこれで、我々の存在が知れ渡り、彼らは決断する事になる。従属か反抗のどちらかを、ね」

「降伏してくれればいいのだが…」

「まず無理でしょう、明らかに人間では無い者が攻めてきて、剣を構えない者はいません。それに、降伏したからといって、命を保障してくれるとは限りませんからね」

「それは保障する!殺戮が目的は無いんだ…総統の目的を知ってもらえれば、戦う必要は無いんだ」

「司令官は、人間を殺すのがお嫌いですか?戦闘前に降伏勧告を私にさせましたが」

「人間だからといって、無闇矢鱈に殺していいわけじゃない、そうだろう?」

「…たしか司令官殿は、元は鳥でしたかね?それも人々から信仰を集める様な、お優しい神鳥様だとか?」

「…人間を襲っていた鮫を捕まえて食べたら、神様扱いされただけだ。神鳥なんてものじゃないよ、俺は」

「でもそれ以降、貢ぎ物を捧げられたり、生贄をあてがわれても食べなかったとか?」

「牛や鯨の方が美味いと思っただけだ」

「そうですか」

「とにかく、我々は併合が目的であって、争う事が目的ではない。計画上、今回の様な大量の死者を出す事は避けられないにしても、血が流れていいわけじゃない」

「しかし、野田の大将もなんと言うか」

「秀か?納得してもらうよ」

「そうですか。では、私はこれで失礼させていただきます」

「ああ、御苦労だった」




「ふう…」

「大分疲れてるみたいだけど、少し休んだら?しばらく横になっても大丈夫そうだし。何かあったら、起こすわよ?」

そう言って声をかけてきたのは、先程不死兵に命令を伝えた少女といってさしつかえない姿の女性だった。

彼女の名はアニルカード・バーツゥ。南東方面軍の司令官である宮本宗助、つまり私の副官として、また、総統への南東方面の戦況報告をする為の存在でもあり、言うなればお目付役として配属された存在でもある。

「ありがとう。けど、まだまだ予断を許さない状況だ。もう少ししてから休むよ」

「そう?じゃあ何か甘い物でも持ってくるわ、頭を働かせるには、甘い物が良いって、ハードゥリアン翁も言ってたしね」

「じゃあ、たのむよ」

「はーい、何があったかな?ブドウ?木苺も有ったわね…」

『お目付け役にしては、無邪気そのものなんだが、あれが演技でない事を祈るばかりだ…』




『血が流れる必要は無い、か。まったく、お優しい事で。って、あれは野田の大将か』

「大将、どうしたんだい?何やら不機嫌そうだけど」

「あぁっ?何だ鎌之助か。不機嫌にならあ、やっと人間共との戦と思ったら、何だこりゃ?銃や大砲で遠くからパンパンやって、人間共もすーぐ逃げちまった。つまらないたら、ありゃしねぇ」

「まっ、仕方ないでしょう。ここは確かに国境の要ではありますが、ここの人間が相手をしてきたのは、多少の魔力を持った雑魚やそれに毛が生えた程度の連中ばかり、銃や大砲で十分。実力のある魔力持ちは首都か、人間のいる国境にしか配置していないのでしょう」

「それでこの体たらくかよ、だせーて話だぜ」

「まあまあ、いずれそういう魔力持ちと戦うことになるのも、そう遠く無い話です。なにせ我々は、その首都を目指しているのですから」

「ハア…ま、それもそうか、楽しめる奴がいるといーがな」

「おや、ずいぶんと好戦的な発言ですね」

「あたりまえだろーが、オレはそれと、イイ女が目的でソートーどのについてんだ、それ以外に何がある?」

「いえいえ、流石は元が獅子なだけあって、実に野生的だ」

「おうよ、ハーレムをつくってこそ獅子ってもんよ、それに美味い肉があれば、言うことはねえ」

「よく分かりました。では、私はこれで」



『司令官殿、先程の発言を貫き通すには、なかなか骨ですぞ、これは』



アウス暦1884.5.10

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