第21話 Ma famille
久しぶりに、エイダンとパリ市街で遭遇した。
「よ、リオネル」
「……休暇ですか? 」
普段のスーツ姿ではなく、ラフな私服姿だ。これだから顔が整っている者は何を着ても似合う。
「だから、タメで良いんだって」
「それは無理です」
きっぱりと否定した。出会って少し経った頃から、タメで話せと命令のような、脅迫のような……。言われて頑張ってやっていたのだが、無理だ。年上に対して、礼儀と尊敬をと、自分の中で
決めている。
「ああ、買い物をな。丁度、エメのバーに寄ろうとしたんだ」
「一緒に行きましょう。腹が減って来ました」
「腹が減ったってお前、マジで半分以下しか食べれねぇだろうが。……エメに言っとく」
「ありがとうございます」
彼と共にバーへ帰った。エイダンにとっては数ヶ月ぶりだろうか。仕事柄、忙しく飲みに行く暇があまり無かった。明日は休みだ。思う存分飲もうと、エイダンは考えていた。
「お帰り、リオネル。と、いらっしゃい、ダンちゃん」
エイダンが店へ訪れた瞬間、喜びを露わにするのだから、一目瞭然だ。以前は隠していたらしいが、ある出来事がきっかけに潔く隠すのをやめ、今では公にしている。開き直りが凄い。
「あー、その呼び名は出来ればやめて欲しい」
「なんでよ、可愛いのに! 」
「可愛くはない! 」
リオネルは二人の姿を、見ながらもカウンター席に座った。その口元は、緩んでいた。
「リオネル、お腹空いてるわよね。チキンスープとゼリーで良いかしら」
「はい、お願いします」
元々、フランス人が食べるような高カロリーなものは食べれない。世界中で有名なフランスパンだって先の方を数口食べただけで満腹になる。ステーキすらまともに食べられない。食べようと思えば食べれるのだがすぐに吐いてしまう為、無理に食べないようにしている。
医者は食欲不振だといった。改善する為には喉越しが良く消化の良いもの、冷たくてさっぱりしたものなどをゆっくりで良いから食べなさいと言われた。その通りに今はしている。
「結構深刻だな。食欲不振だったか」
「はい」
「まだこんな小さな餓鬼に、背負わせるもんじゃねぇのにな。神様ってやつは何とも厳しいこって」
親を失わせて、挙げ句の果てに病まで背負わせて。大人が、支えてあげれば良かったのに。自分の事で精一杯の大人だ。無理もない。今を進んでいる。彼のそばにいる自分達がこの子供を支えなくては。これまで、重いものを背負わせた分、少しは肩代わりしよう。
「リオネル、困った時は、辛い時はすぐに言え。俺は警察だし、こいつは案外役に立つ。お前は殺し屋だがその前に一人の人間。青臭い餓鬼だ。今はまだ子供のままでいとけ。無理に大人になろうとしても、地獄を見るだけだ」
「エイダンさん……」
エイダンは、リオネルの頭をガシガシと強く撫でた。それが嬉しくて、温かい大人の手で。今まで両親以外に撫でられた事は無くて、彼に両親の面影を重ねて少し泣きそうになった。
「あら、優しいじゃない、ダンちゃん」
ゼリーとチキンスープを持ってきたエメは、ニヤニヤと頬杖をつきながらエイダンを眺めている。
「ダンちゃん言うな。それにこういうのをやるのはこいつだけだ」
「嫌だ、惚気じゃないの。リオネルのこと、だーい好きなのね」
エメの言葉にすかさず、リオネルが真顔で言葉を投げる。
「エメさん、それは流石に嫌です。寒気がしました」
「ちょ、リオネル、いつもより棘多くない?! 」
「これは独り言なんだがな」
リオネルは、ゼリーを乗せた匙を口に入れたまま
エイダンに視線を向けた。なぜ、突然そのようなことを、と思ったが、彼なりに何かあると結論づけた。
「お前の両親が死んだ事件は、現場検証をした直後、捜査が打ち切りとなった」
「……え」
口から匙が落ち、音が鳴った。けれども、一切それには目を向けず、依然としてエイダンを見たままだった。エメは驚きはしなかった。既にエイダンから伝えられていたのだろう。
「それって、どこかから圧力がかけられたってことですよね? 」
「ああ。俺等一課は、被害者の遺族の為に容疑者を探そうと、上司に直談判した。だが、無理だとさ。お偉いさんに圧力かけられて、無理にでも捜査して、あらぬ疑いをかけて警察の面子を潰す気か、ってな。別に俺等は自分達の出世の為に警察にいるわけじゃない。お偉いさんのご機嫌を取る為に働いてるわけじゃない。汗水流して、ただ困窮した民間人を救いたいだけなんだよ。なのに、なぁ。無力だよな。一人の為に何も出来ないなんてよ」
それは、リオネルへの謝罪か。それとも、己の罪の再確認か。どちらでもあるのだろう。何も出来なかった自分達。どれだけ無念だっただろうか。
いや、彼だけではない。一課の人間達、皆の思いだ。だから、知って欲しかった。彼等に助けられた人間が多くいると。無力では無いと。
「そんなこと、ないです。エイダンさん達は、俺の為に力になってくれました。両親が死んでその直後に祖父母の家を出た俺を探し続けてくれたんですよね。子ども一人いなくても困らないのに、必死に探してくれた。心配してくれたのが本当に嬉しくて。祖父母は、俺が二人を殺したんだと責めて、心配、してくれなくて。子供を心配するのは当たり前だと当時の俺は知らなかったから。殺し屋となって再会した時も、黒髪でこの名前だから、すぐリオネルだって分かってくれて、いろいろと親身になってくれて。今まで警察にはよくない印象があったから、良い警察もいるんだなって知って。俺はあんた達にもの凄く助けられました。だから、卑下しないで下さい。あんたが自分を卑下したら、過去の俺、こんな人間にはなってなかったかもしれませんよ? 」
リオネルの訴えに、エイダンは瞠目したが、顔をリオネルから背けた。だが、どうやら照れ隠しのようだ。
「……ん、あいつ等にも言っとく」
やっと元の表情に戻ったエイダンは、リオネルの
頭を撫でた。乱暴だけど、優しく。
「ありがとな、リオネル」
「いえ、ただ事実を言っただけなので」
リオネルの遠慮気味の姿勢にエメは諭した。
「リオネル、素直に好意を受け取っときなさい。この世の中、思った以上に悪意が蔓延してるんだから、貴重な好意は受け取るものよ」
エメの言葉に一理あると納得した。そして、エイダンを見つめた。
「そんなに見つめられると困る」
「変なこと、言わないで下さい。鳥肌たちます」
「……そんなに嫌だったか? 」
エイダンの悲しそうな。実際悲しくはないと思うが、それ等を無視して、頭を下げた。
「ありがとうございます」
慌ててエイダンも、頭を下げた。謝礼大会か何かか。
「いえ、こちらこそ」
「ちょ、あんた等、なんか面倒くさいし、むず痒いし、きもい」
ぐさっと、突き刺さる言葉。今更ながら、らしく
ないことをしたと二人は反省した。
いつも以上に、楽しかった。本音を語り合えた。両親の事件の警察の対応をしれたからか。そのどれもだ。久しぶりに笑顔になれた。ジルベールとも笑えたが、その後に大きな悲しみが自分達を襲い、押し潰されてしまった。
そこで未だ両親の死は乗り越えられていないと
知って、泣いて、すっきりしたからか。何の悲しみもなく、彼等と語られて良かった。
そこで、ふと、心の中にある想いが芽生えた。タイムリープのことを明かそうと。この人達になら告げても良いと思った。彼等を信用しているからこそだ。
「エメさん、エイダンさん」
普段も真剣だが、それ以上の声音だったので、二人はリオネルの言葉を待った。
「……俺、実はタイムリープをしているんです」
瞬間、静寂となった。いつもは騒がしいと思うバーの音楽が異様にこの静寂を辛くさせた。
「……具体的には13年後の未来からです。過去に戻った今と違って未来の俺は、生きる気力などほぼ無い状態で、ただただ殺し屋の任務に明け暮れていました。そして、ある日任務に失敗し、殺されました。死ぬ直前に、それまでの人生を今更後悔して、両親の為に何もしてこなかった自分に苛ついて。……もし生きられたのなら復讐をしようと。真っ当に生きてみたいって。願いが叶ってか、18に戻って、やり直していたんです。でも、出来る、ことなら……あの頃に、戻りたかったって、考えてしまって。……すいません、信じられないと思いますけど」
二人は黙っているので、どう思っているのか真意が分からない。良くない方向として受け取ってしまいそうになる。この、居心地が悪い空気を払拭するように、言葉を紡ぐ。
「だから、いつも二人が俺に対していうあの大人びているとかはその……」
すると、エメから驚きの声が上がった。
「え、自分で大人びてるとか思ってたの? 」
「マセガキと思ってたのか? 」
「いや、辛辣過ぎません? 」
いつもながらに二人の言葉が棘すぎる。
「あんたの場合、マセガキっていうよりも大人しい
って印象しか無いわよ」
「まあ言えるとすれば無理に大人になろうとして頑張ってた子供か」
「信じて……くれるんですか? 」
「大事な子供の言葉、信じないでどーすんのよ」
何を当たり前のことを言っているというような顔を彼女はする。信じてくれないと思っていた。幾ら心を開き、家族同然の人間だとしても、冗談だと笑い飛ばすに違いないとどこかで諦めていた。彼女達は、しないと分かってはいるが、怖かった。
だが、彼女等は期待を裏切らず、信じてくれた。それだけで、それだけで何か温かいものが心を満たした。
「……俺、エメさんの子供じゃないですけど」
「ちょ、比喩よ、比喩! べ、別に違うから! 」
リオネルが冷めた声で返すと、エメは顔を赤らめて、先ほどの言葉を取り消そうとしていた。
「血の繋がりなんて無くても、家族にはなれるんだろ? 結局、世界中の誰を見たって夫婦は血も繋がってなくて家族になれたんだから、無くてもいけるだろ」
「真っ当な正論やめて……」
ひぇっと、奇妙な声を喉から出して、エメは口に手を当てる。だが、若干嬉しそうだった。好きな相手の口からその言葉が出たのだから期待するしかない。
「兎も角、俺はこいつの言葉を信じる。この馬鹿が嘘なんて吐けるわけないからな」
頬杖をついたエイダンは、事実を言い、リオネルの顔を覗き込む。まるで確かめているような、分かりきっていて、待っている。リオネルの言葉を。
「あら、私も信じるって言ったじゃない。復讐果たして、その良い未来とやらにするんだったらとことん私達を巻き込みなさいよ。馬鹿で頼りない大人達ばかりだけど、たまには利用しても良いんじゃない? 」
エメは、得意げに笑い、ウインクを投げた。
「こいつの言う通りだ。存分に俺達を巻き込め。俺達一課は、丁度この事件を解決したいところだったしな。解決した暁には、俺と一緒に墓参りに行くか」
「……良いんですか」
恐る恐るたずねた。リオネルの両親の事件で嫌な記憶は残っている筈だ。少なくとも先ほどの話で、彼等は僅かに矜持を失ったのかもしれない。
「当たり前だ。上の圧に逆らえず、本当の意味で供養させられなかったのは俺達、警察だからな。だから、もう一度捜査する。今度は、上に逆らってでもな」
リオネルに本音を吐露し、エイダンは、一歩踏み
出し、警察としての人生を終わらせてしまう危険もあるにもかかわらず、リオネルに協力をしてくれる。それだけで、胸がいっぱいだった。
「ありがとうございます。じゃあ、今度、仕事場にお土産持っていきます」
「おー、あいつ等喜ぶわ」
再び戻った和やかに空気に笑みをこぼしながら
エメは、酒のつまみを作り始めた。
エメは、エイダンに恋をしている。そう、リオネルが気が付いたのはエイダンがバーに訪れてから少し経った頃だった。
エイダンのことは、話を聞いただけで実際には会ったことは無かったが、リオネルがエイダンを連れて来た時、実物のエイダンと顔を合わせて言葉を数回交わした後、エメが顔を赤らめた瞬間、察してしまった。
(あ、これ恋に落ちたな)
と。今は男と男が恋してももの珍しくない世の中。けれど、世の人間は非難は少なからずあるようだから、それでも自分は応援しようと決意した。
リオネルが眠った後、エメは奥の部屋から毛布を持ってきて、リオネルの肩にかけた。エメの表情はまるで母親のようだった。
彼女の姿を真顔で眺めていたエイダンは、ウイスキーを一口、口に含んだ。
彼の視線に気付いたエメは、ぎろりとエイダンを
睨んだ。
「何よ」
「いや、母性が溢れていると思ってな」
エイダンの言葉に、エメは少し間を開けて口を開いた。彼女にしては珍しかった。
「……そうね。母親になりたかったのかもね。男だけど、コンプレッスは多くあって、女になりたくて仕方なくて。でも、男の私は、大事なものが多くあって。捨てられなくて。そんな自分が嫌で、男の自分を捨てて、女になった。けれど、ダメね。結局何も捨てられなかった。でも、この子に言われてありのままの自分で良いって。ひとりの子供の言葉で勇気が出るなんてね。馬鹿らしいけれど、この子がいなかったら今頃、私、生きながらに死んでいたかも」
エメの長いようで、短い独白をエイダンは静かに
耳を傾けていた。何も言わぬ方が、エメの心を傷付けないと知っていたからこそだ。
カウンターの上に札束を数枚置くと、突然エメの肩を叩いた。呆気に取られているうちにエイダンは
エメの唇に自身のそれを重ねた。
触れていた時間は一瞬だったが、エメには十分だった。
「お前は誰にも言わないと思うが、あいつの話は俺とお前の秘密ってことでそれは口止め料と
酒代だ。また飲みにくる。Happybirthday,Aimer」
わざわざ英語で言うなどキザだ。しかも、誕生日を知ってくれていたなんて。エメは内心飛び上がりそうだった。
エイダンが店を後にした後、エメは、唇に手を触れた。そうすることで、彼と熱を、また思い出せたような気がした。
「……狡いわね」
顔の熱を冷やすために、ウイスキーを思い切り飲んだ。コップの中の氷がカランと、鳴った。
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