第17話 Je vous le promets, je reviendrai.

 目的地の村の少し手前の駅に着いた。リオネルとジルベール以外誰も降りなかった。まあ、こんな村に降りること自体、馬鹿馬鹿しいが、任務なのだから仕方あるまい。


 リオネルもジルベールも田舎はいうほど嫌いというわけでは無いが、この村は別である。


 リオネルは、列車に乗っている間、ずっと寝ていた。殺し屋という仕事をしているので時折昼夜逆転になるし、睡眠時間を削られる。


 その為、リオネルは日中、偶にしか見れないが、昼寝をしている。今も小さく欠伸をかき、ぽやぽやとしていた。まるで幼子のようである。こんなところで眠っては凍えて風邪を引きかねないのでジルベールは、声をかけた。


「行くか」


「……ああ」


 駅のホームを出て、村に踏み込んだ。





 なぜか、村の中心地には、宿が多数建っており、やはりそれは人身売買をする為に、多くの人を集めたいからなのだろう。


 けれど、迷う暇は無い。野宿は襲われる危険性が高い。リオネルもジルベールもそれと知っていた。


 宿に入り、宿のスタッフの顔を見た途端、ジルベールは顔を青白くさせた。吐き気を催したようだ。


「いや、こいつ、電車酔いしてしまったんです」


 適当な嘘を吐いた。本当の理由は分かるが、本人達の前で伝えたら、ここに来た意味が無くなって、任務が出来なくなってしまう。


「そうですか。またお客様が来て対応しなければならないので先にお部屋の番号を伝えておきますね」


 親切にも部屋番号を伝え置き、スタッフは去っていった。





「もう平気か? 」


 部屋に入ってきたジルベールにたずねる。あの後、彼の携帯にメールを打ったのですぐ部屋に来れたようだ。


「今のところはな。……うぇっ、まだ胃液の味が喉に残ってやがる」


 舌を出して、片目を閉じて眉を中心に引き寄せて

 いる。それは仕方ない。リオネルは息を吐くと、口を開いた。


 だが、一切声も、何の音も聞こえない。これは読唇術だ。万が一、声を出して聞かれた場合、困る。最悪の場合、村から脱出出来ず、死にゆく危険性もあるのだ。


『で、どうだった』


『ああ、鍵がかかってた部屋があった。流石に鍵は開けられないから耳を澄ませたら僅かに呼吸音が聞こえた。多分、あの部屋とか、違う場所にも監禁されてんだろ』


 実は、ジルベールはトイレから出た後、少しホテル内を歩き回っていた。途中、廊下の隅の部屋に辿り着き、不審に思ったのだ。


『そうか。いつ、遂行する』


『近いうちがいいよな』


『そうだな』


 知られぬよう、秘密裏に作戦を考える。すると、リオネルは突然立ち上がった。


「どうした? 」


「外へ散歩しに行く」


 言いながら、何年も使い続けて、糸などが出てしまっている古いコートを羽織る。


「散歩? 」


「下見だ。土地が分からなければ、遂行する時、困難になる」


「そっか。じゃ、俺はホテル内を把握しとくわ。あと、小屋見かけたら、記憶の隅には入れとくように」


「小屋? 」


「ああ。昔、罪を犯した子供が幽閉される牢屋のような場所だ。どっかの馬鹿なガキも数年はそこにいた。まぁ、兎も角、その場所にあの部屋以外に捕らえられている人間がいる可能性は大だ。くれぐれも村人には気付かれないように見とけよ」


「分かった」


 ロビーで別れ、リオネルは外へ出た。外は寒く、マフラーを巻き、懐炉をポケットに入れて歩き出した。


 雪はまだ降っていないが、恐らく近いうちに降ってくるだろう。村全体とはいかないが、殆どを見て回った。途中、小屋を見かけたが、ジルベールの言う通り、一応頭の隅の方へ入れておいた。




 一方、その頃。ルイスは、病院へいた。検査を受けていたようだ。診察室の椅子へ腰掛けている。


「もう、ギリギリの状態ですよ」


「……分かっています」


 ルイスは、レントゲン写真を睨んだ。まだだ。まだ今は死なない。せめて、彼が任務から戻ってくるまでは。ルイスは己の身体に鞭を入れた。




 エナジードリンクだけで、食事を終えたリオネルをジルベールは引きながら見る。


「お前……それで腹に溜まんの? 」


 以前も見たが、相変わらず見るに耐えない。胃が小さいのだろうが、それにしたってもう少し食べれそうな気がする。


 憂いを帯びた目でリオネルを見る。その目に気付き、リオネルは言い訳というか、事実を話す。


「……昔から少食だし、時折全く食欲が無くなる時もあるから平気だ」


 それは平気では無いと言いたかったが、ぐっと抑え、さっさと風呂に入り、ベッドに横たわり、眠りにつこうと思った。


「なぁ、ジルベール」


 隣の寝台で、横になっていたリオネルはジルベールに声をかけた。今は深夜だ。油断するつもりはないが、今は誰もが眠っている筈だと予想している。


 返事はない。眠っているのだろうか。この状況下でも眠れるというのなら安心だが。


「お前は、親や周りの人間に産まれたことを感謝されたか? 俺の周りには両親しかいなかったから知れる術は無いに等しいが、お前はどうだった。心ない言葉を吐かれたか、産まれたことを嘆いられたか、死を呪われたか」


「言われたし、その全てだ」


「……」


 狸寝入りしていたのか、すぐに返事がした。だが、ジルベールはこちらには意を介さず、淡々と話す。まるで独り言を溢しているかのように。


「肌の色が違うわ、髪の色が違うわ。散々言われてたわ。んで、死ねば良い、この世から消えろ、死ねなんて日常茶飯事。親から愛されたことも無いし、元々期待もしてない。差別なんて簡単になくならねぇ。だから、ずっと目を逸らして逃げて来たけど、向き合わなきゃならない。んな理不尽に、立ち向かわなきゃ前には進めないんだ。逃げ続けているのは、俺がその差別を認めているってことになる。俺は認めてないし、抗いたい。だから、ちゃんと戦うよ」


 ジルベールの目はもう下を向いていない。前を向いていた。過去と向き合うと決めていた。下を向く時間が無駄だと気付けた。なら、それよりも他にやるべき仕事を行った方が良い。漸く理解した。


「だから、あの人とのことも片を付ける。いつまでもウジウジして、何もしないよりはマシだし」


 リオネルは、こっそり笑った。気付かれはしないので、気兼ねなく笑った。


「俺もお前を手伝うよ。あの時、手を貸してくれたから。それに、素直になれなかったがお前は俺の大切な、友人。仲間の一人なんだから」


 ジルベールは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。だって、今まで好きじゃないと言われ続けて来たのに、いきなり素直に、そんな照れるような言葉真っ正面から告げられたのだから。


 顔が火照ってしまうのは仕方ない。ああ、早くこの火照りが冷めないだろうか。急に言葉を消したジルベールを不審に思い、声をかける。


「おい、どうした、ジルベール」


「な、なんでもない! 」





 翌日。目を覚まし、食堂に向かう途中、リオネルはある話し声を聞き、立ち止まり、聞き耳をたてた。気配を消して。


「忌み子? 」


「ええ、数十年前に産まれたんですよ。肌の色も、目の色も、何もかも違う。私達とは違ったんです。

 だから、両親も嫌悪し、迫害をされていたんで 

 す。まぁ、当然ですけど」


 その話振りからは、この地の生まれのようだ。当たり前というかのような顔をしていた。それを見たリオネルは吐き気がした。


 頭がおかしい。狂っている。こんな頭の者達だから、人身売買すらもいとも簡単に出来たのだろう。ある意味納得できた。


 部屋から出て同じく食堂へ向かい、話を聞いたジルベールは、顔を顰めた。不本意だと伝えるように。忌み子は恐らく彼だろう。何となくだが、予想はしていた。予想は当たってしまった。


「んなの関係ねぇだろ。それら全てそいつの個性だ。その個性を潰すって最低な奴らだ。……くそ、今すぐにでも殺しにいきてぇ」


「待て、今やったら確実に返り討ちにあうぞ」


 怒りに囚われ、目先が見えなくなったら、確実に

 死ぬのは分かっている。怒りに心と頭を取られた

 ら終わりだと、二人は知っている。だからこそ、慎重に行わなければならない。


 まるで、八つ当たりをするかの如く、ジルベールは食べ物を食いまくった。リオネルはもちろん、呆れた様子でそちらを見ながら無言で食べていた。






 任務遂行日の朝。リオネルは、顔を洗い、鏡の前で自身の顔を見つめる。


 やれるだろうか。簡単に…人の死を止められるのか。殺し屋の自分に。不安が募る。


 もし、ジルベールが死んだら? 自分が死んだら? なんて、様々な未来への予測が頭をよぎる。


「リオネル、って、どうした……」


 俯いているリオネルのそばへ近付く。顔を覗き込むと、その瞳は不安の色を濃く表していた。


 これまで不安なんて見せてこなかった。だから、

 ジルベールは驚いてしまった。


「……怖い、んだ。もし、任務を失敗し、お前も俺も死んだら……なんて、馬鹿な未来の想像が浮かんでくる。俺もお前も、弱くはないのに」


「……リオネル」


 不安なら誰しもある。今まで見せなかっただけで

 リオネルにも確かにあったのだ。不安を見せるということはやっと自分に心を開いてくれた証。


 ジルベールは、リオネルの顔を見ないように鏡に背を向け、洗面所に寄りかかった。その手はリオネルの手の上に重ねている。


「俺のことも、お前自身のことも信じろ。……そんなことで負けねぇって。それに、あんなに飯食わねぇ細っちくて、泣くことすら少し前までしなくて、んで、やっと笑えるようになったお前を残して死ねるかよ。まあ死んだら死んだで二人一緒に地獄旅行だな! 」


 馬鹿みたいに、嬉しそうにいう彼を見て、自分も馬鹿らしくなった。なんで、不安がっていたんだか。彼がこんなにも恐れずにいるというのに、これから過去を変える人間が怖がるのは見当違いだ。


 笑おう。まずはそれからだ。俯かせていた顔を上げ、鏡を見て映っていた自身の顔を両手で強く叩いた。


「ちょ、何やってんの?! リオネル! 」


 突然のことで取り乱したらしいジルベールが視界の隅に映る。まぁ、気にするだけ労力を使うから無視を決め込む。


「喝入れだ」


「喝入れてどうすんの?! 」


「…任務を失敗しないようにと、死んだら、いろいろと未練が残るから死なないように頑張ろうって」


「ええー……未練って何よ。あ、復讐とかか」


 直ぐに答えに辿り着いた。案外簡単なものだ。


「だがな、死んだらあの馬鹿当主の護衛しなくても済むし、メアリーさんにも会えるし、馬鹿やるお前を、揶揄いながら騒げるし……」


「俺、死後も馬鹿にされんの?! 」


 酷い! と、己を抱き締め、演技で涙目になりながら訴えるが、当然リオネルは無視する。表情は明るい。こんな時でも雑談で笑えるのだから大丈夫そうだ。


「ま、俺が慰めなくても平気だったな。お前、勝手に立ち直ったし」


「何言ってる、お前のお陰だ。そばにいてくれたから不安は取り除けたんだ」


 ジルベールは、リオネルから数歩離れて、口元を

 手で抑えた。感激しているのか、泣きたいのか、分からない表情を浮かべている。


「ヤダ、この人。めちゃくちゃ綺麗な笑顔! 女の子ならイチコロですけど? 」


「……何言ってるんだ、お前」


 リオネルには、ジルベールの言葉を理解するには

 そういう方面にも鋭くなくてはならなかったが、生憎鈍感だった為、恐らく一生理解できないままだ。


 水の滴が残っていた顔をタオルで拭き、洗面所を後にする。服を着替え、ホルスターに銃を入れる。


 ふと、髪が邪魔になった。この嫌いな髪が伸びているのにあまり気にしなかったが、そろそろ切った方が良いのかもしれない。


 一先ず、宿に常備されていた紐で低い位置で髪を

 結ぶ。ジルベールはリオネルの頬をつまむ。


「お、顔すっきりしたけど、肉はそこまでついてねぇな」


「肉はついてる。……そろそろ行くか」


「ああ」


「なぁ、ジルベール」


「ん? 」


「約束しろ、必ず俺の元へ帰ってくると」


 ジルベールは、目を張り、驚いた顔をしたが、すぐ微笑んだ。それは、簡単には死ねそうにない。まぁ、死ぬ気はない。


 彼に辛い記憶を残すのは憚れられた。泣き顔なんか見るつもりはない。ただ、花の如く、笑みを咲き続けて欲しいだけだ。彼の笑みに惹かれてしまったのだから、仕方ない。


「お前もな」


 ただの、互いへの呪いの言葉。未来が分からない

 から言ってしまう。一つの精神安定剤。


 ジルベールは思わず、リオネルの頭を抱き寄せた。


「お前の、願いは絶対聞き入れる。だから、そっちで待ってろ、迎えに行くから」


「……ああ、待ってる」


 来なかったからこちらから行くが。リオネルはジルベールの首飾りを握ると、一瞬目を閉じ、願いを込めた。二人はお互い戦いの場へ向かう為、背を向けて走り出した。






 ジルベールはまず、宿の中へ戻り、廊下を走った。目星を付けた部屋の鍵は、走っている最中に、銃で鍵穴を撃ち壊した。


 その中の売られそうになった者達がそこから出てどうなろうが知ったことではない。冷たい言い方をしたが、余裕はない。


 今は、自分のやるべき仕事をやるだけだ。走っていると、前から複数の男達が立ちはだかったが、もう一丁銃を取り出すと、同時に銃弾を撃ち続ける。


 火花が散り、ジルベールの手を照らす。男達の体を数十粒の銃弾が貫き、倒れる。その屍を踏み付け、更に走る。


 銃口から出た煙が走るジルベールを包んだ。その後も殺し続け、ロビーへ戻ると床は血だらけ。安易にどれだけの人間が散ったか知れた。


 それについて後悔も何もない。既に手は、この体は血で染まり、汚れ切っている。またどれだけ汚れようとどうだって良い。どうせ、最後は地獄に落ちるのだし、好きにしたって良いだろう。


 弾を入れ替え、外に出る。すると、同時に周りに

 点々と光が灯り、数十名の人間が現れ、あっという間にジルベールを囲っていた。銃の音で気付かれたか、それとも逃げ出し、密告した者がいたのか。


 どちらかは今となっては分からないが、舌打ちを打つしかこの感情を吐き出す方法は無かった。生憎、遠くからでは自身の顔は分からないだろうが警戒していた。


 バレたところで問題は無いが、騒がれて、蔑まれ、誹謗されるのだけは許容できない。こちとら、人に死ねと言われ続けても生きたいのだ。ひとに指図され、死ぬ、つまらない人生は送りたくはない。


「お前、我々を騙したな! 正体を現せ! 」


 よく言う。騙したのではない。気付かなかった自分達が悪い。声に出したかったが、更に文句を言われたりでもしたら、最悪だ。言葉を呑み込んで、口を噤んだ。


 未だに何も言わないジルベールに痺れを切らしたのか、村人の一人が懐中電灯の光をジルベールの顔を照らした。すると、一瞬で鳩が豆鉄砲を食ったような表情へと変貌した。


「お前は……っ」


 だから、言ってやった。懐中電灯を持っている村人の手を掴み、顔を近付けた。


「ああ、そうだよ。お前らが死んだと思った筈の、リュカ•ディゴリーだ」


 唾を呑み込む音が聞こえた。誰もが、驚愕していた。当たり前だ。皆、死んだと信じ込み、歓喜していた。だから、"死人"が生き返ったとなるとそれは自分達を殺しに来たかとしか断定するしかない。


 否、ジルベールは、はなから死んでもいない。知らないのは彼等だけだ。村長らしい老人は、皺だらけの手でジルベールの髪を掴んだ。老人のくせに、それはもの凄い力で。僅かに痛みが走ったのか、ジルベールの顳顬から脂汗がつたった。


「お主は忌み子じゃ! 死ぬべきだったじゃ、なぜ生きておる! 蘇った! 儂等は何もしておらん! 正しいことを伝えただけじゃ! 今すぐ死ぬのじゃ! 」


 よく言う。ジルベールは、鼻で笑いそうになった。やはり、予想していた通り、この言葉を言われる。


 村長の話を聞いている間、ジルベールは終始無言だった。表情も変えない。村長が話を終えた直後、そのまま、村長の腹を拳で思い切り殴った。


 村長の口から唾が吐き出て、地面に跪いた。案外、弱かったのか、村人達が確認すると、気絶しているようだった。


「さっきから黙って聞いたらべちゃくちゃ死ね、死ね、言いやがって。ふざけんなよ、赤の他人のてめぇらに俺の命のどうこうが決められて溜まるか。…俺の命は俺のもんだ」


 ジルベールは、村長の頭と腹に銃弾を撃ち込んだ。そばにいた村人達は、直ぐさま村長の体から離れた。体がぴくっと、動いただけでそれ以上、村長は動くことはなかった。


 既に死骸となった物体を一瞥し、ジルベールは周りにいた住人達にも銃口を向けた。


「んで、自分達がやったことが正しいとか馬鹿な考え持っちゃってる? 」


「黙れ! 我々はこの世の秩序を……」


「てめぇらが秩序とかほざくな。正しい? 間違ってるだろうが、個性とやらも理解してねぇで、俺を差別して、その後にも生まれたガキ達を売って、金をたんまり貰って潤ってる奴らが何言ってんだか」


 鼻で笑い、罵倒する。真実を言っただけなのだが、彼等は顔を青くしたり、赤くし、憤ったりと様々である。これを見る限り、あの頃と逆転していた。


「ど、どこでそれを……! 」


「ホテル内に鍵のかかった部屋があった。それも何箇所も。あと、これは依頼された仕事でな。警察とやらが何もしてくれないらしいんで、俺がお前ら全員、殺すことになってんだわ」


 警察という単語は嘘で吐いた。初めから警察なんて関与していないし、頼まれたのは裏社会の人間達だったが、単語を出したら少しは脅しが聞くと思ったからやっただけだ。


 殺す。その単語を聞いたと同時にその場にいた村人全員が、背筋を凍らせた。まさか、自分達が死ぬとは思ってもいなかったのだろう。見逃されると平気で考えていた。死ぬのはたかだか村長一人くらいだろうと。


 そうやって、全部他人に責任を押し付け、悪くはないと言い張っている。彼等に天罰が下ったのだとジルベールは、神様とやらも案外いい仕事をするんだなと感心した。


 すると、殺されると知った村人達は武器を手にし、ジルベールに体を向き始めた。その顔は暗く、生に執着する人間の恐ろしさを体現している。


「殺せ」


「あの男を殺せ」


「今度こそ、苦しめる」


「忌み子はあの時、死ねば良かったものに」


「二度も苦しみを味わうとは、哀れなものだ」


 と、口々にジルベールを殺そうと唱えている。普段もそうだが、肝心な場面でもなぜか団結力は良いらしい。


 ジルベールは、地面を蹴り、走り出した。これは時間稼ぎだ。あの場所で囚われていた者達が逃げ出すまでの。おおよそだが、村人の殆どがジルベールを追いかけてきていた。


 ただ、ひたすら殺す為に。それしか脳裏には無かった。だが、彼等は考えが甘かった。これまでに多くの者を殺してきた、殺人のプロともいえる殺し屋のジルベールに非力な、物理的な殺人を行ったことなど有りもしない彼等が叶うはずもないと後々に思い知らされた。






 走る、走る、走る。ただひたすらに。ジルベールは、後方を一瞥する。村の住人達が彼を追いかけている。その手には武器が。


 理由は、人身売買がバレてしまったからと、彼を殺す為。それなら初めから人身売買などやらなければ良いのにと馬鹿にしたくなるが、彼等の頭では分からないだろう。個性なんてものすら、知らずに差別していたのだ。


 ジルベールを散々、哀れだと嘲笑していたが、彼等の方がよっぽど哀れで可哀想に思えてくる。


 追いかけてくる村人達に悟られぬよう、嘲笑した。バンっと、火薬の臭いと派手な音がした。痛みと共に、服が血に染まっていく。脇腹を撃たれたか。


 ギリギリ急所は外れた。それが不幸中の幸いというべきか。撃たれ、動きが止まった隙を見計らって住人の一人が後ろからジルベールの首に手を当て、押し倒した。


 首が絞まる。呼吸もし辛い。息が苦しくなり、顔が熱ってきた。それ等を耐えながら目だけ動かす。

 手や顔は、こんなにも凶暴なのに下はガラ空き。隙が多すぎる。欠点は、知ったもの勝ちだ。


 拳を握り締め、首を絞めてくる男の腹に打ち込もうとしたその時、違う住人が視界の隅に出て来た。


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