第16話 Un être cher dans les souvenirs
暫くはホテルで、二人は休んでいた。ジルベールは椅子に腰掛け、目を閉じていた。見たのは、温かい家族の姿。女性と男性が仲睦まじく、子供を見て笑っている。そこに自分はいない。
現実のジルベールは、養父にも、その養父の部下達にも見向きもされなかった。温かさなんて知らない。だから、ほんの少しだけ羨ましくて、渇望して。
手に入らぬものだと知ったから諦めた。永遠に闇の中へ落ちる決意をした。目を開けた。頬が痒くて、指が掻いたら、いつの間にか流れていた一筋の涙だった。
涙なんて、諦めたあの日から流さなかったのに。最悪だ。養父と再会してから何もかも、自分の中の檻も簡単に壊れた。赤く腫れることなど構いもせずに、目をごじごしと手で拭っていく。
止まれと脳に信号を送っても、止まらない。
泣きたいが、泣いてはダメなんだと葛藤も繰り返すが、どれも無駄だった。
『泣けば良い、思う存分』
泣き方も忘れてしまったのに? 忘れたさせた
張本人のくせに。養父の声に怒りをぶつけながらも、深呼吸をし、やっと涙は止まった。
なんだ、もっと早くからこうすれば良かった。後悔した。氷嚢で目を冷やしながらもう涙を出さないようにと、気を付ける。
泣きたい時には、血を出す程、手を強く、握り締めれば良い。そうすれば、痛みで涙なんか出せない
筈だ。勝手に結論付けて、ベッドに向かい、眠った。
「……本当に行くのか? 」
リオネルは、駅のホームで電車を待ちながら怪訝そうな顔をし、ジルベールにたずねる。ジルベールは普段より酷い、無表情で頷いた。
リオネルが聞いたのは、ルイス等のことであろう。だが、連れて行きやしなかった。自分の過去だ。たとえ、育て親だとしても介入はさせない。今までしてこなかったから。
それに、出来れば自分だけで片付けたかったが、リオネルがいる時点で無理なのだ。彼は、お人好しだから。止めても無駄だと分かっている。
なら、とことん巻き込む。馬鹿な考えかもしれないが、それでも良い。彼は、ちゃんと自分を。ジルベール•デュオンという人間も、リュカ•フォーニエという人間も愛してくれているから。それだけで十分だ。
「お前がいてくれるなら、心強いよ」
「……吐かせ」
「はは、だって好きな者同士、手組んだら最強じゃね?」
なんて、馬鹿な戯言を言ったが、リオネルは頷いた。その戯言もやっと楽しめるようになった。
「最強か。そうかもな」
なんて、そんな戯言にのってくれるものだから更に調子に乗ってしまうではないか。
「え、じゃあリオネル、俺のこと好きになった?! 」
興奮気味に、たずねると、リオネルはなぜか舌を打った。なにその舌打ち、酷い……と思わなくもなかった。
「好きじゃないって、言ってるだろ」
「嘘つくなよ、好きでしょ、俺のこと! 」
リオネルは、首を横に振る。
「好きじゃない」
あの事件から、リオネルの初めて緩んだ顔を見た。まだ完全には笑ってはなかったけど。長い間。いや、本当はたった一瞬のことだったかもしれないが、固まってしまった。
目に光を灯して、過去ではなく、今を見ていた。
それだけで、心が温かくなった。
そうか。自分は彼のこの顔を見たかったのかと。不思議なのが、心の内の誰かが同意し、笑った気がした。しかし、とても嬉しいが、気に食わない。
「素直になれよ、バーカ! 」
取り敢えず、着くまで拗ねておいた。結局ジルベールは暫く口を聞いてくれなかった。謝罪の代わりにジップロックに入れ、保存していたクッキーを食べさせてやった。
エメの手作りだ。喜んで食べろと言っても彼は知らないから無駄か。ジルベールは、むしゃむしゃと、顔を膨らませながら食べている。小動物か。
「なぁ、お前の過去、前聞いたけどさ。お前の親ってどんな人達だった? 」
やはり聞きたいか。僅かに躊躇ってしまった。正直、思い出すのは辛かった。忘れたくて、あの未来で思い出さぬように、無理矢理過去の記憶を封じて生きてきた。
けれど、やはり最後は両親のことが頭に浮かんだ。結局、忘れることなんて出来なくて、過去に戻ってこうやってだらだらと復讐に身を投じている。
ゆっくりと待っていてくれているのを感じ、ようやく口を開けたのは、それから数分経ってからだった。
「……とても優しくて、思いやりがあって、誰に対しても気が遣えて、俺をずっと愛してくれていた
世界一愛情に溢れた両親だった」
リオネルは、自身の胸につけていたロケットペンダントを握る。母の遺品である。母が父からプレゼントされたものだ。
結婚した当時は、二人の写真が入っていたようだが、リオネルが産まれた時に、三人の写真になったらしい。
今も、三人の写真が入っている。彼等の最後の宝物。前回は、このペンダントは付けていなかった。箱に仕舞い、クローゼットの奥深くに置いたから。過去の思い出と共に。
だが、絶対に仇を取るともう一度決めた。その証がこのペンダントだ。
「そっか。良い御両親だったんだな」
何か思うことがあったのだろうが、それだけの言葉で終わった。リオネルにとってはそれで十分だった。
「あ、というか任務終わったらお土産買っててやろうぜ。グレンとマリユスさんと、あとお前の彼女にも」
「彼女なんていない。ペチュニアなんて物騒だろ、そんな奴と好き合ってたまるか」
「あ、やっぱそうなのね。まぁ、リオネルは誰も好きにならなそうだしな」
孤高な存在だったから。でも、今は違う。周りの人間を受け入れて、愛し、愛されている。
ただ、この男は恋愛経験なんて無い。だから、一生独りなのだろう。まぁ、多分自分とグレンが独りにはさせないが。
「……お前やグレンは好んできた。エメさんやあいつも」
「ふっ、それ、前も聞いた。けど、ありがとう。
リオネル」
嬉しさを伝えたくて。でも、一筋縄ではいかない
から、言葉とか安易なものではなく分かりにくい
がリオネルの手を握った。
ジルベールは気付かなかったが、リオネルはほんの僅か、弱々しくではあるが、ジルベールの手を握り返した。
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