第14話 fortune

 ドイツ、ヴィースバーデン。


 フランクフルト空港からおおよそ5分ほどの場所にある。今回の任務で幾度のループの中でジルベールは、死んでしまっていた。


 リオネルは、ジルベールが泊まった翌日、任務へ行こうとしていたジルベールに無理を言い、共にドイツへ訪れた。


 途中、列車でジルベールに問われた。なぜ、付いてくるのかと。


「……ただの気紛れと、収入を増やしたいだけだ」


 嘘だったが、危うくバレなかった。まぁ、リオネルは然程金に執着はしていないが、まずもって、この男は知らないだろう。


 わいわいと自身の事は話してくるが、リオネル自身は彼にもあまり好きなものも、嫌いなものも、教えて来なかったから。一つ嘘を重ねても、誰も見破られないし、叱られもしないんだから大丈夫だろう。


 と、数時間前の出来事を思い出しながらカフェに入ると、店員に席へ案内された。席で待っていたのは、色素が薄い金の髪を結び、いかにも人が良さそうな顔をしている男ではなく、表情が堅い。


「あなたがルイス•ミュラーですか? 」


 リオネル等に気付き、ルイスと呼ばれた男は視線を向ける。一瞬、動揺の色を目に浮かべたのをリオネルは見逃さなかった。


 と、いっても何に動揺したのかは不明だった為、あまり深くは追求しなかった。


「ああ、そうだ。君が噂の殺し屋だな」


 リオネルは、静かに瞠目した。まさか、隣国にまで自身の名が広まっているとは考えもしなかったから。


 リオネル自身、強くも無いと自覚しているし、他にも弱い面は多くある。強いとはいえないが、師に褒められるくらいの技術はある。


 そんな異国の地まで広まって欲しいとは願ってはいない。なんていったら、同業者達から恨まれてしまうのでやめるが。


「……知っているんですか」


 ルイスは、一度咳き込み、呼吸を整えてから頷いた。


「勿論だ。私はこう見えても裏社会の人間だからな。分かるんだ、並々ならぬ技術を持った者だと。君は、リオネル•シモンだな」


 認められるのは嬉しかった。けれど、リオネルは、嫌でも分かるほど顔を顰めた。だから、面倒

 だった。


 胡散臭い笑み。それを見ると、反吐が出る。裏社会の人間とこの任務以降は関わるのは良そう。そう心の中、誰にも悟られず、決めた。


「それで任務内容は」


「ああ、ある村を潰して欲しいんだ。他のマフィアや、組織も消えて欲しいらしくてな。そこを訪れた者達は、四肢をもがれ、金持ちに売られてしまう」


 なぜ、潰して欲しいのかは分からないが、単に目障りだからか。真意は知りたくもない。深く関わったら面倒なことに巻き込まられるだけだ。


「なるほど。で、その村というのは? 」


「確か、西方にあって、名前は……ヒッツェシュライアー」


 滅多に人が訪れない村だ。ドイツ内でも名前を知らない者は多い。そんな村が、組織の拠点になっているとは。


「そうですか。一応内容は聞けたので、外で煙草吸って良いですか? 」


 聞くと、ルイスは思いきし顔を顰めた。


「……君、未成年だろう? 不良か」


「良いじゃないですか、殺人をしている時点で良い子ちゃんじゃないでしょ」


 他人に言われても、もう良い子になるつもりも無い。まぁ、精神年齢はとっくに三十路を超えているが。彼等は知らないので、注意されて当然だ。

 だが、吸う理由があるとすればただ、息抜きがしたいだけ。


「はぁ……良い、吸ってこい。ただし、一本だけだ」


 はい、と、頷いてリオネルは外へ出た。残ったのは、ジルベールと、ルイスだけ。


「お前とまた会えるとはな」


 ルイスはジルベールに、まるで自身の子のように

 目を向けた。その目を見たくなくて、ジルベールは目を逸らした。


「はい、お久しぶりです。それで、俺に解決して欲しかったんですか、あの村のことを」


「……ああ。そうでもしなければお前は解放されないと考えてな。それに、私等も厄介に感じている。分かるだろう、私の養息子なら」


 ジルベールは黙った。嫌悪を目に宿している。だが、ルイスは何とも思わないようだ。慣れているのか、その嫌悪を受け取ってはいないのか。


「もう、その話はよしましょう。……マフィアの現首領さん」


 ルイスは、ジルベールの養父であり、マフィアの

 首領であった。ジルベールが嫌悪を宿していたの

 も理解できる。


「……やっぱり最後はここに来るんだ、お前は。過去のしがらみを断ち切る為に」


 ジルベールは、膝の上に置いた手を握り、震わせていた。泣くのを堪えているのか、怒りを抑えているのか。唇をきつく噛み、席を立つ。


「……ごめん、また後日話して」


 その言葉だけ捨て置いて、外へ出ようとした。その時、ルイスは、手で胸の部分の服を握り締め、口元を手で抑え、咳き込んだ。席から数歩離れていたが、気付いたジルベールは、ルイスに駆け寄った。


「おい! 大丈夫かよ、あんた。風邪か? 」


 紙ナプキンを取り出して、手にアルコールをつけて、拭った。


「……平気だ。恐らく誰にも移らないから」


「? 」


 意味が分からないのか、首を傾げるジルベールに

 ルイスは何もいわなかった。


 彼を見送った後、ルイスは髪を掻き乱し、溜息を

 吐いた。


「……私も悪い大人になったものだ」


 一人の子供の心すら、上手く分からない。救えない。傷付けてばかりで、癒すことすら出来ない。


 生まれた時から裏社会で生きて来たばちが当たったか。血で汚れ、子一人、抱き締める手も持っていない。今後、一生彼とは普通の親子として過ごせやしない。


 掌を見つめた。拭ったが、まだ跡が残っていた。簡単には消えそうにない。過去の罪と同じで。


 ……普通の人間だったら、それが出来ただろう 

 か。馬鹿な望みだ。叶う筈も無いし、叶える気は更々無い。カップの中の紅茶に雫が落ち、波紋が広がった。



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