第12話 courage

 数日後、リオネルは久しぶりにジルの元へ訪れた。先日のモールとの戦いで事前に、彼に連絡したが、仕事を放棄してしまったのは情けない。


 ジルの元へ行くのは、謝罪も含めた仕事をする為だ。屋敷の中に入り、ジルの部屋のドアをコンコンと、叩く。


 ドアを開け、中へ入る。窓の近くに座っていた

 ジルは、美しい髪を揺らし、リオネルに顔を

 向け、微笑を浮かべた。


「久しぶりだね、リオネル」


「……先に言っておきます。仕事を、私情で放棄してしまい、申し訳ございませんでした」


 頭を下げた。気の乗らない仕事でも、放棄は

 許されない。全力で最後まで果たす。それが

 リオネルの信条だった。まさか、破ってしまう

 とは。


 だが、ジルはかぶりを振った。


「ううん。大事な用事だったんでしょ? だったら、僕は何も言わないよ。そちらを優先した方が正解だから」


「だが……」


 ジルは、まだ何か言いそうなリオネルの言葉を

 遮った。


「もう良いって。でもね、自分の中の信条を破るってとても勇気のいる行為なんだよ。自分の為じゃない、誰かの為に。君は、勇気を持ってそれを破ってまで、人々を守った。なら、良いんじゃないかな。少なくとも僕はそう思ってる」


 温かく、有り難い言葉に不思議と涙が溢れそうに

 なったが、自制した。そうやって、泣くのを堪えて、やめてきた。あの時は感情が抑えられず、泣いてしまったが今は冷静だ。泣き方は思い出したが今はここで泣くことはしない。


 (そこで、泣いても良いのに泣かないのが君なんだね)


 ジルは、既知していたのか、やれやれと肩を態とらしく落とす。だが、理由は知っている。


 (そうやって、泣かないよう我慢させたのは……)


 涙一つ零さない。瞳すら潤ませない。嗚咽も喉から出しやしない。弱音も吐かない。


 マリユスから聞いた。復讐の為に、殺し屋となり、必死に探し続けていると。一つ弱味を見せれば、様々なものが溢れ出して止まらない。


 だから、彼は弱味も出さず、最低限の感情だけを

 出している。周りから見れば彼はとても痛々しく見えた。傷付いた人間であるのにそんなことさえ、気付いていない。分かっていない。


 自分さえ傷付いていればそれで良い、自己肯定が低い人間。モールの首領や、マリオスが気にかけている理由がようやく了知した。


 リオネルに見えない場所であの日記を取り出し、ページを捲る。一つ一つの文字に悲しみ、恨み……。それ等が伝わってくる。


『お母さん、お父さん、叔母さんもみんな虐めてくるのに、周りは助けてくれない。どうして、どうしてなの』


 ジルは文字を指で撫でた。インクが所々、滲んでいる。恐らくこの日記を書いた子供が涙を流しながら必死に書いたのだろう。いつか、この日記を見て誰かが助けてくれると信じて。


 だが、そんな者は現れないと諦念していた。召使いさえ、助けない。両親は外に出たら仮面をつけて、良い親のふりをする。誰もがそれを信じる。自分を信じるわけがなかった。


『誰も助けてくれない。だったら、神様にお願いする。……神様、僕は悪くないよね? 悪くないから、消して良いよね。』


 みんな、みんな。いなくなればいいんだ。 その願いが叶ったのか、目を開けた瞬間、目の前に広がった光景に再び涙が溢れた。恐怖の涙か。


 いいや、違う。これは喜びの涙だ。自身の腹をナイフで突き刺す母親。父と拳銃を向け、相打ちで死んだ兄達。喉にカッターの刃を刺して死んだ叔母。毒を服用し、苦しみながら死んだ召使い達。


 喉から乾いた笑い声が漏れた。初めは掠れていたが、徐々に大きくなっていく。最終的には腹を抱え、大笑いしていた。


「あはははははははははははははははははは!! 

 やった……やった。みんな、死んだんだ!! 」


 神様が叶えてくれたのだ。神様とやらに感謝したが、違う。真実は、子供が部屋の中で限界だったのか泣き喚き、リュウフワ家の者が持つ異能力とやらが暴走し、彼以外全員死んだ。


 後にリュウフワ家の能力を書庫で調べた。初めは信じられなかったが、もっと早く能力に気付いて、みんな殺せば良かったと後悔した。


 早く殺せていれば、これ程までに自分が苦しむ

 ことは無かったのにと。今は誰も自分を苦しめる者なんていないから、能力は使う機会はあまり無いが、いつでもやれるように、日々訓練している。


 それがジルのこの家での思い出だ。それ等を封じ込めるように日記を閉じて目を閉じた。神様とやらは酷い。まさか、こんな贈り物を寄越すなんて。


 リオネルを横目で見ながら、冷静に神に感謝の言葉を吐く。この贈り物は大切にしなければならない。1年後、殺されようとも。


 再び日記に目を戻す。リオネルは見落としたようだが、日記の裏には書いた主の名前が書いてあった。


 はっきりと、濃く、記憶に焼き付けて。

『ジル•リュウフワ』と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る