第11話 Je ne peux pas mourir
「どけぇぇぇぇ!! 」
リオネルはレンガの道路を走り、敵に向かって叫び、走る。その隣をグレンも走る。早く、早くと焦りながら。
あれから一週間後、出来れば起きて欲しくなかった日はやってきた。タイムリミットは、あと僅か。あの頃は、起きても多分、何の行動も起こさなかったと思う。しかし、今は。誰かを助けたかった。
人質が囚われている場所につかないと、彼等が殺されてしまう。グレンは、ダガーを横に振り、団員達を斬り捨てていく。風と共に血が舞う。
リオネルは、団員の首を足をかけ、抑え込み、頭に弾丸を撃つ。血濡れた頭に足を乗せ、踏み込み、違う団員に足蹴りを出す。グレンもまた然り。
そうして、戦闘を続けていく。
すると、先程よりももっと多い団員が二人を囲む。これでは前には進めない。それにどんどん増えている。倒しても倒しても、減らず、こちらが体力を削ってしまうだろう。そこでグレンは言う。
「リオネル、行け」
「……っ、だが」
「いいから行け。ここは任せろ」
そうグレンは安堵させるように、促すが、リオネルは足を止め、迷ったままだ。
「平気だ。俺はここでこいつ等を倒した後、直ぐにお前の元へ向かう……安心しろ、お前を一人にはさせん」
リオネルは、やっと決心したのか、グレンに言葉をかけず、前へ進んだ。ある意味それが二人の中での信頼の証なのかもしれない。言葉だけが全てでは無いのだ。
リオネルがその場を去った後、グレンは二丁の銃を取り出す。
「……さあ、どう殺してやるか」
その頃、レティシア達のいる場所では。
「いやぁぁぁぁ!! 」
両親とはぐれたであろう少女が泣き叫び、頭を抱える。モールの団員がナイフを振りかざそうとしたその時、団員の体に無数の針が刺さり、倒れた。
「ふぅ……間に合ったみたいね」
あの毒針はレティシアが投げたもののようだ。毒は即毒性だ。起き上がることも目覚めることもない。レティシアは、少女に駆け寄る。
「大丈夫? 」
「うんっ、ありがとう。お姉ちゃん」
少女の言葉に、レティシアは笑顔を湛えた。
一方、グレンは団員達を全て倒していた。彼等の血で全身が濡れている。口に付いていた血を袖で拭く。拭った血の後がほんのり残る。
周りは、死骸で溢れている。死骸を踏み付け、リオネルの元へ向かう。
「待ってろ、馬鹿」
一人で突っ走って、一人で全て背負って、傷付いて、誰にも頼らない。今回は初めてグレン達に頼ってくれた。自身とレイバンの因縁を、過去を伝えてまで。罪のない者達の為に、レイバンに傷付けさせない為に。
いつも、リオネルは誰かの為に行動する。復讐すら、両親の無念を晴らしたいから果たそうとしているだけだ。
結局リオネルも一人の人間だ。言葉に出さないだけで孤独で、寂しいのだと、グレンには伝わってしまった。だから、死なせないし、独りになんかさせるものか。
その行為が今は無駄でも、いつかは未来で彼に影響を及ぼしていたら良い。変わるきっかけになるのが自分だったら良い。彼に救われた者からの少なからずの反撃だ。
「おい、大丈夫か」
声が近くから聞こえ、見上げる。太陽のような明るい目、髪。仲間である、ジルベールがグレンに肩を貸していた。彼がほぼ体力が消耗されたと察していた。表情は、憂いの色をつけている。
「ジルベール……」
「あいつんとこ、行きてえのは、お前だけじゃ無いっつーの」
グレンは言葉を失った。まさか彼も自分と同じ思いだったとは。それはそうだろう。彼もよほど、
リオネルに執着している様子は見て伝わる。
「っ……あいつは、俺が近くに行くたび、遠くへ行く。どんどん、離れていって。いつか見えなくなるんじゃないかって考えたら怖くなった。今だってそうだ。この前、あいつに協力して欲しいって言われた時も、怖かった。こっちが戦ってる時に傷付いて、勝手に一人で死んでいたらって。でも、信じないといけない。俺等が信じなきゃ、あいつは死ぬ気がする。傷付く。だから、信じるよ、死なないって」
自分も、信じていなかったのかもしれない。一番大好きな、仲間のことを。だから、守らなければならないと傲慢な考えになっていた。
自分は、彼と対等だ。守ることばかり考えてはならない。互いを守って自分の身の安全も確かめながら戦う。
なぜ、忘れてしまっていたのだろう。簡単なことだったのに。忘れてしまい続けたのだから、今から脳に暗示させれば良い。忘れないように。
「ああ。俺も信じるよ、あいつが死なないって」
信じるから、そこに行くまで死なないでくれ。
リオネルは、ようやくレイバンのいる場所へつき、先に人質を解放させ、逃がさせてからレイバンの元へ近付いた。早く来るとは想定していなかったらしく、僅かに驚愕していた。
それは、もう一つ想定していたが、こうなるとは
思わなかった要素があったから。
「やっぱり忠告しても来たんだね」
「……当たり前です。なんの罪も無い人間を殺され
て俺達のせいにされたらたまったもんじゃ無い。けれど、それを善行だとは思えもしないし、思いもしない。ただもう、これ以上悲しむ人々を見たくないから。俺のように」
両親の顔、安置所で見た最後の顔。それ等が脳裏に浮かぶ。あの時、悲しみから解放されていたとずっと思っていた。もうとっくにそんなものを消して、復讐という殺人を黙々と行おうとしていた。
けれど、勘違いだった。まるで、解放されていない。証拠に繰り返し続けている。悲しみ、憎しみ、苦しみから。ずっと、鎖に縛られたままだ。
たとえ復讐を果たし終えたとしても、一生。それが嫌だったから忘れ去ろうとした。けれど、馬鹿だった。忘れても、一生鎖は壊れない、解けない。
受け入れるのは簡単なのだ。昨日、過去を話し、涙を流した時、ようやく受け入れた。一生、鎖に、悲しみに縛り付けられる人生を。だから、これ以上自分のような目にあって欲しくは無い。たとえ、既に起きてしまったとしても。
「それは、悪いと思っている。けどね、僕も果たさなきゃならないことがある。だから……」
レイバンは、地面を蹴り、リオネルに向かい、走り出す。瞬きをしていれば、反応が遅れていただろう。
「これ以上、僕の邪魔をするな! 」
鞘から抜いた剣を、振り翳すが、激しい音がなり、リオネルがショルダーホルスターにしまってあった銃を取り出し、防がれてしまう。
「……っ、邪魔をするっていったでしょう。俺は気付いてましたけど、あんた、死ぬ為にこんな大事、引き起こしたんですか?!」
「君には、君には関係無いだろう! 」
一瞬、顔を歪め、叫ぶ。関係無い筈なのだ。ただ、過去に半年、体を鍛えさせてやったというだけで。なのに、リオネルは否定する。
「……っ、関係ある! 俺だって、死にたかった時期があったんだから」
足が止まる。何を言ったんだ、この男は。死にたい? あの復讐の為に必死で両親を殺した者を探し続けていた男が、なぜ。いや、それもそうか。
家族が死んで天涯孤独となって、死にたいと思わない人間がいる筈がない。
「……苦しいもんは苦しいんですよ。誰にも理解されない、同情の目を向けられる、祖父母は狂ってしまう……。日に日に両親の声や、顔が薄らいでいく。そんな日々の中で辛くない人なんていますか? 」
リオネルは笑った。その顔は、苦しさで歪められ、泣きそうでもあった。
祖父母がああなってしまった気持ちは納得できた。祖父母が両親の死を悲しみ、壁に頭を何度も
打ちつけたり、発狂したり。今で思えば地獄だった。あの後、家を出てしまったものだからどうなったかは知らないが。まぁ、あのまま死に至ったとしても、葬式なんていけやしないと思うが。
「だから、あの場へいたのか。家を出た為に」
「……はい。到底あんな場所じゃ、自分の心さえ壊れてしまいますから」
一瞬、迷いが生じたが、今ではあの行いが正しかったといえよう。
「そうか。……ねぇ、ヒントをあげるよ」
「……ヒント? 」
「ああ。君の復讐相手さ。君の近くにいるってことだけは伝えておく」
近くだとすれば、ジルベール、マリユス、グレン、ほんの少し遠いが、レティシア。そして、ジル。この中の誰かだろうか。一つ当てはまるのは、
金持ちであるジル。しかし、みな、数年暮らせる
ほどの金を持っている。結局、誰もが怪しいのだ。
「でも、僕は分からないな。そうやって君が復讐に人生を燃やしてることが」
レイバンは、かぶりを振った。まるで本当に理解できないと言うように。忘れればいいのに。忘れようともしない。だから、苦しみ続ける。馬鹿な人間だ。
「……分からないんですか? 俺にそうさせるよう、促し、導いたくせに」
「僕じゃないよ。最終的には君が決めた。苦しんでるから楽にさせてあげようと思って」
リオネルは顔を歪めた。本当にこの男は分からないのだろうか。
「……っあんたは、そうやって……理解しようとも
しないんだな」
「分かるさ」
「……は? 」
「そんなの。僕の家族はモールに殺されたんだから」
無表情で、何の感情も浮かべず、レイバンは
淡々と冷たい声音で言う。冷たい風が、吹いた。
「なっ……」
衝撃的な言葉に言葉が出なかった。驚きで動きが
止まる。
レイバンも同様だった。彼は、過去に思いを馳せていた。
父と母。そして、兄を含めた四人家族だった。ごく普通な家に生まれ、幸せな家庭で、日々を過ごしていた。
けれど、レイバンを除いた三人は買い物へ出かけている最中、モールの大量虐殺に巻き込まれ、死亡した。
学校にいた自分に知らされたのはそれから数時間後のことだった。三人の亡骸を確認し、涙が出た。知らされた時は涙なんて流さなかったのに。安置所に眠らされている三人の亡骸の横でレイバンは嗚咽を漏らし、泣き続けた。
レイバンは、警察に家族を殺した者を教えて欲しいとせがんだ。けれど、そう易々と警察は口を開かない。何度も、何度もたずねた結果、ようやく口を開いてくれた。
そして、モールの名を聞き出した。その瞬間、激しい憎悪が湧き、復讐を決意した。顔を隠し、モールの居場所を調べ出し、入団した。何の疑いもかけられずに入れたのは、彼等が殺した者達のことなど、とっくに忘れているからである。
怒りが湧いたが、逆にそのお陰で正体がバレずに潜入出来たのだから何とも皮肉であった。
そして、入団し、半年が経った頃、深夜、首領の寝室に忍び込み、頸動脈を切った。血でシーツが
染まり、赤い海に溺れたまま、首領は息途絶えた。快感も何もない。ただ、無だった。時が無情に
過ぎていくだけだった。
あっけない死である。しかも、自分達が殺した者達の遺族に殺されるとは。笑えてしかたなかった。翌日、騒ぎとなっていたが、知らぬふりを突き通した。
そして、その後レイバンは入団して数年で首領まで上り詰めた。それは、団員達を暗殺し続けたから、既に優秀な団員はレイバンくらいしかいなかった為だ。レイバンは先代と同じく、大量虐殺を行った。団員達の大半が死ぬように仕向けて。
団を潰す為には少なからず犠牲は必要であった。あの頃のモール団と同じ行為をしていると理解していた。それでも良い。復讐を果たせるのなら。最終的に悪となった自分も死ねるなら。全てが完璧に終わる。
「勝手に自己完結してんじゃねぇ」
思考の海からあがったレイバンは、言葉を荒く
したリオネルに驚き、瞠目した。
そこで、気付いた。ずっと澱んでいたリオネルの
瞳に光がさしたことに。ループを繰り返して、初の出来事であった。
彼はレイバンの表情から察したのだろう。潤んだ瞳でレイバンを叱咤する。
「……何が、死んで終わりだ。勝手に死ぬんじゃない。あんたは、最後まで生きるんだ。死ぬことは許されない。俺達にも、あんたが殺したモールの団員にも、あんたの家族にも」
一生この地獄を歩いて、生きていけといっているつもりなのだろう。それが、復讐し終わった人生なのだとしたら生きていくしかない。それを、リオネルが望んでいるのなら。
「……じゃあ、許されたら君が殺してくれるかい? 」
望みをかけた。殺してくれるなんて、都合の良い話はない。けれど…彼ならと考えてしまったのだ。
「……許さない。けど、いつかあんたが依頼して来たら殺してやりますよ。……俺は、あんたの弟子ですから」
「っ……うん、君は本当に……」
安堵してしまったのか、レイバンは涙が流れた。
一つ、二つと、止まることはない。家族が死んで
以来、温かいものを貰わなかったのに。
いとも容易く、与えてくれた。それがどれほど
嬉しいか、彼には分からないだろう。
だが、ただこれだけは伝えたかった。
「ありがとう、リオネル」
「リオネル! 」
レイバンが、礼を言い、去った直後、グレンと
ジルベールが駆け寄ってきた。グレンは、リオネルに抱き着いて来た。とても強い力だ。簡単には離れなさそうだ。
「……良かっ、た。本当に生きていて良かった」
震える声、嗚咽の中、声を出している。涙を流しているのだろう。生きていることに安堵して。自分はグレンにとって、光だったのだと初めて知った。
生きていることだけで安心させているが、他にかける言葉はあった。
「……ただいま、グレン」
「馬鹿。おせぇよ、リオネル。……おかえり」
おかえり。なんて温かい言葉なのだろうか。ずっと忘れていた。こんな言葉すら。過去に囚われて、今を見ようとしなかった。仲間ですら。
リオネルは、グレンの背中に手を回した。これからは、忘れずに生きていこう。サイレンの音が遠くから鳴るのを、グレンの嗚咽と共に聞いていた。
あの後、後片付けが大変だった。エイダンと共に死骸の撤去や、街の修復作業に取り掛かり、少なくとも一週間は経っていた。
けれど、街の人々と関わって、こういうのも良いなと少し思ってしまったのは秘密だ。その間に、レイバンは、世界中のTVで主犯として名を更に広く轟かせていた。現在逃走中の身となった
レイバンは点々と世界中を旅していた。旅立つ前に見送って欲しいと言われ、空港で再会した彼の顔はどこか晴れやかで曇りは一つもなかった。
解放されたようだ。あの場を去った後、モール本拠地はレイバンの手によって爆破され、団員達は全員死亡。結局レイバンの願った通りになってしまった。
警察としては厄介な存在が無くなったが、未だレイバンは生存している為、探し出されているがそれも時間の問題だろう。なにせ、瞳以外隠されているのだから、見つかりもしない。偽名も使っているらしい。諦めた方が良さそうだ。
レイバンは、時折、リオネルに手紙を出してくる。今、いる国の話や、現地の人々の話、そして、リオネルを危惧する言葉。いちいち、返事をするのは、面倒なのでまとめて書いて出しているが、レイバンもそれはそれで満足だろう。
と、彼はもう平気そうなので良いとしよう。
いつか彼が、自分の前に再び土産物を持って来て
現れたら茶でも入れてやろうと、らしくも無いことを考えていた。
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