第10話 déclaration

「……ブルゴーニュ•フランシュ・コンテに十分警備を固めてください」


 警察署の取調室に入り、座っているリオネルは

 エイダンヘ煙草の煙を吹きかけた。エイダンは、手で煙をかき消す。


 未成年が煙草を吸うなとは言いたいが、今は違う案件だ。やめておいた。


 さて、なぜ、リオネルが取調室へいるかというと、ここで話す方が邪魔が入らないという結論に至ったからだ。


 まぁ、殺し屋と警察という互いの立場からすると、周りには取調べにしか見えないだろう。


「どうしてだ」


「……そこが、血の海に帰り果てる。そう言われたからです」


 リオネルは、抑揚のない声で淡々と言った。

しかし、エイダンは知っている。声に現れていなくとも、その内に多大なる感情を秘めていることを。


「誰に」


「暗殺集団モールの首領、レイバン」


 その名を出した瞬間、空気が変わったのが分かった。フランス警察が長年追い続けている組織の名が出たら緊迫するのは当たり前だろう。


 それに、リオネルがレイバンと顔見知りで出会ったというのもある。


「……」


「証明できるものは」


 リオネルは否定の意味を込めて、首を振る。あの廃墟に住み、いたのは自分ただ一人だけだ。証人も何もいない。


 それに、昔といえども彼に教えを乞い、殺し屋になろうとしていた自分は、仲間と必ず怪しまれる。だったら、何も言わぬ方が都合がいい。経緯を詳しく追求され、過去を引っ張り出されるのは面倒だ。


「ないです。ですが、真っ先に俺の元へ来た。退屈だから、あんな事件起こしたと」


「虐殺か」


 エイダンは、先月、先週の事件を思い出した。

 大量虐殺。どれも、暗殺集団、モールが行った非道な行い。とても許されることではない。止めようとしても、暗殺以外の実態が分からないのが、捜査を難航させている。


「そして、再び起こすと宣言していた」


「いつ? 」


「一週間後です」


「早いな……」


 エイダンは、顎に手を当てた。想定以上にやる事が早い。対策を考えていた。

 

「……だから、言ったんです。警備を厳重にしておけと」


「お前は? 」


「俺も、暫くは滞在します。多くの犠牲は出来る限り出さない」


「ハッ、罪人を殺しまくる殺し屋がか? 」


 皮肉気味で鼻で嘲笑したエイダンにリオネルは自身気とは全くもって言えないが、可能な限りやれると伝えた。


「出来る。殺し屋にしか出来ない手段で」


 エイダンは笑った。期待の目をリオネルに投げつける。確かな信頼であるのだろう。


 たかが殺し屋。たかが警察。本来は協力などする筈も無い。むしろ、追いかけ、追いかけられる関係。


「見せてもらう。お前達、殺し屋の力が、正義がどんなものかってのをな」


「……はい、見せつけてやります」


 高らかに宣言した。エイダンは椅子から立ち上が

り、ドアノブに手をかけた。


「来い、見せたいものがある」


 連れて来られたのは地下の書物室。過去の事件の

 概要が書き記されている書物が並んでいる。


「確か……あった、これだ」


 上から2番目の棚から書物を取り出し、机に置く。ノートパソコンも置いてある。エイダンは、

 パソコンを開いた。


「ほら、モールの団員達の詳細だ」


 画面には団員達の写真が下まで並べられてある。


「これ、どこで入手したんですか」


「潜入な。まぁ、何とかバレずに入手したらしい」


「らしい? 」


「ああ。こういうのは、公安の仕事だしな」


 それっきり、公安の話題はしない。刑事課とは対立し、毛嫌いしているのだろう。


「他の奴等の顔は分かるが、レイバン•ジラールだけは不明だ」


 まぁ、当たり前だろう。団員達でさえも顔なんて

 目に映したことすら無いのだから。


「そうですか。俺も今まで見れなかった」


 嘘だが、本当のことを言うと面倒になると知っているので黙っておく。


「……この後、マリユスさん等に話して説得してきます」


「頼んだぞ、この国の平和の為に」


 二人は、静かに拳を合わせた。





「マリユスさん、頼みがあるんですが」


 電話でマリユスにある事を伝えた。翌日、廃墟を訪れたのは、ジルベール、グレン、そしてレティシアの三人。


 マリユスからは、彼等も含めた殺し屋や、暗殺者達が協力してくれるそうだ。心強い。


「で、モールを倒すにあたって一つ聞きたいんだけど」


 レティシアは、ヒールを鳴らし、リオネルの真正面に立つ。口が当たりそうな程、近い。


「あんたと、レイバン•ジラールは何があったの? 」


 悟られていたのであろう。薄々。けれど、今まで

知らぬふりをし続けてくれた。リオネルの為に。


「……俺とレイバン•ジラールは、師弟関係にあった」


 あちらがそう思っているかは不明だ。少なくとも

 思ってはいないだろう。たった半年。それだけの関係だった。自分達の間には何の情もない。ただ、強くなり、復讐を果たすことだけを考え続けていた。


 それを達成できるよう、少し手伝ってくれていた。師と弟子の関係。しかし、とても愚かであった。何か一つ情があれば何か変わっていたかもしれない。


「……師弟って」


 仲間と疑ってはいないようだが、疑問はあるようだ。リオネルはそのままの意味だと言った。


「……ジルベールには以前、話した」


「……本当なの、ジルベール」


 レティシアが問うと、ジルベールは静かに頷いた。案外彼は、軽そうに見えて口が堅かったので、

 丁度よかった。リオネルはそのまま話を続ける。


「……グレン、レティシア、お前達にはまだ話していなかった。俺が彼と師弟関係になったのは、両親を殺され、殺した者へ復讐を果たす為、強くなろうとしていた。レイバンは退屈だった。だから、俺に稽古をつけた。利害が一致していたから形作られた関係になっていた。まだ、マリユスさんに出会う以前の話だがな」


 自分から進んで話そうとはしなかった。過ぎた過去の話など。ジルベールへの時は、仕方なく話しただけだ。だが、今は仕方なくじゃない。自分の意思で話していた。


 結局、長いタイムリープを繰り返し、今やっと、少しずつであるが、自分自身も気付かぬうちに変化していったのかもしれない。


「……辛い過去を思い出させてしまってごめんなさい。そして、言ってくれて、ありがとう」


 泣きそうになりながらも必死で堪え、感謝の言葉を言い、頭を下げるレティシアに不思議と思いながらも否定の言葉を出した。


「……もう過ぎた話だ。それに、人は死ぬ。少し時期が早まっただけだ」


 楽観的に捉えれば、苦しみや悲しみなんて薄くなる。そうやって生きてきた。両親の死を痛みながらも、忙しさを理由に葬式に来なかった彼等の友人達も。両親の死の悲しみに囚われ、精神を崩壊した祖父母も。


 一つ大事なものを失った、それだけ。ただ、泣きたくないだけ。だが、それでも前を向けるのだ。重く、辛くても。時が経てば、誰でも。リオネル自身も、多分復讐を果たす、果たせなくとも、前を向いているのだ。


 もう、何回目からかは、葬式を行っても何の感情も湧かなかった。我ながら薄情な存在になっていた。過去を聞いたとしても自分の気持ちなどどうせ何も分かりやしないのに、なぜそんな顔をするんだとレティシアの姿を見ながら思っていた。


「……同情するな」


「同情なんて……」


 レティシアが続きの言葉を紡ごうとするが、リオネルは遮った。今回のタイムリープで初めて声を荒げ、感情を露わにした。


「それが同情だって言っている! っ、初めから幸福だったお前に何が分かるって言うんだ! 」


 話したって、自分の心情を汲める訳ない。生まれた時から幸福な人間に、不幸な者の心なんて。分かろうとしてもそれはただの偽善だと、リオネルは思っている。


 言い過ぎたか。レティシアや、グレンの顔に目を向けて、言葉を出したくても出せやしなかった。彼女等と同じく自分も涙を流している事実に今、気付いたから。


 感情が昂ったのか、一つ、二つとリオネルの目から落涙する。いつぶりだろう。こうやって涙を流すのは。メアリーの死か、両親の死、どちらか、かは不明であったが、涙が収まるまで静かに涙を流し続けた。





 あの後、協力はしてもらえた。彼等は、リオネルが泣いている間に静かに帰った。それがありがたかった。


 リオネルは、ソファーに腰掛け、天井に顔を向けた。膝の上に置いた手は震えていた。目を固く閉じた。すると、身動きが出来なくなった。


「……僕の前では、泣いても良い」


 目を両手で覆われて、優しく、宥めるような声で

 言ってきた。歯を食いしばり、堪えていたのに、その声で全部崩れてしまった。喉から嗚咽が漏れ、餓鬼のように、声を出して泣き叫んでしまった。


 レイバンの手を震える手で触った。すると、レイバンはリオネルの頭を抱き締めた。リオネルの泣き顔を見たくは無い。どうせなら、笑った顔が見たい。そして、彼自身も、弟子に泣き顔を晒すのはごめんだと考えているから。


 レイバンだって、泣くのを堪えている。涙を溢れさせないように。潤む瞳はリオネルを見ている。


「っ……ごめん、ごめんね。リオネル。今だけは……こうさせて」


 こうするのは、最後だと思うから。大好きなこの子供とは、この先の争いが終わってしまったら会えなくなる。そう確信している。


 リオネルの頭を抱き締めていた腕を退けて、レイバンは、頬を両手で柔く掴み、リオネルの額に口付けを落とした。


 それは、一瞬の出来事。けれど、リオネルには

 長く感じられた。涙も止まってしまい、瞬きを繰り返した。


「……君に幸せが訪れますように」


「……レイ、バン……さん? 」


「君には幸せになってもらいたい。あの頃も、今も君を殺し屋として育てるだけで。復讐を促しただけで、何もしてあげられなかった。目の前で見ているだけで止める勇気も、運命を帰る勇気すら無かった。僕は……傍観者で、同時に君の両親を殺したも同然だった」


 レイバンは、静かに言葉を出していった。まるで、懺悔をするように。己の罪を再確認するように。


「許さなくて、良い。あの時、君に問われて何も返せなかったのは、思わず首を振ってしまったのは、間接的に殺してしまったと自覚していたから。君に、弁解をしようとしていたんだ。……今もそうだけれど」


 謝罪をするのは憚れた。それを出してしまえば、

 口からもっと多くの言い訳も出てしまうと確信していた。リオネルは、


「……あんたが悪いわけじゃない。普通の人間なら当たり前の行動だと思う。みんながみんな、咄嗟に勇気なんて出やしない。それと知れるから」


 そう、慰めるでもなく淡々といった。悪いわけではない。けれど、そう言ってもどこかで彼本人も知らぬ場所で非道を行なっている可能性がある。


 だから、赤の他人が悪くないと無責任には言えやしない。


「あんたは俺にいろんなものをくれた。謝罪なんて要らない。それだけで十分だ」


 両親を失い、ただ空虚に生きるしか無かった自分に復讐という糧をくれた。殺し屋として、人を殺す術を、生きる術を教えてくれた。


 それだけで生きていけているのだから、大した贈り物をしてくれた。あの頃の彼にはそれが何よりも嬉しくて、両親が死んで以来、初めて受けた優しさだった。祖父母も、当初は悲しみ、憂いていてくれたが、徐々にその悲しみに押し潰され、リオネルを責めた。両親の友人達も、だ。


 だから、どんなに悪人だったとしてもレイバンは両親がいなくなり、色を失った世界で優しさを、色をくれた人だった。レイバンは、優しさでも何でもないと思っているようだったが。


「リオネル……君は、優しいんだね」


「……優しくないですよ、俺は」


「いいや、優しいよ、君は。他人を思いやれる。それが出来るから。……ねぇ、リオネル。もし、もしも僕が君に止められて生きるとしよう。間違いなく僕は、逃亡する。そしてね、いつか胸を張って生きられるようになるのなら、僕は何をすれば良いと思う?」


 その言葉にリオネルは、淡々と言葉を投げた。

 

「俺には分かりません、俺だって同じですから。

 どうすれば良いのか、何をすれば良いのか分からない。けど、これから見つければ良い。だってまだまだ人生は長いらしいですし」


「そうかな? 」


「そうですよ」


 リオネルの心からの言葉にレイバンは笑う。そして、感謝の言葉を伝えた。


「そっか。ありがとう、リオネル。その言葉だけで多分君に止められる日まで生きていけそうだ」


 リオネルのそばから離れ、出口に向かって歩いて行く。リオネルは慌てて、ソファーから立ち、追いかける。もう涙は渇いていた。


「……レイバンさん。俺、あんたを絶対生きさせてみせます。あなたが俺を生かしてくれたから。それでいつか、俺達は必ず幸せになるんです」


 過去に戻ってきて、復讐だけが生き甲斐だったそれ一つでしか自分は動かなかった。けれど、前では考えられなかったような言葉を彼から言ってくれた。


 復讐が終わったとして何も残っていなくとも、彼との約束が残っているのなら。今は、約束の為にも生きていけそうだと思った。少しだけだが、未来が変わっていく気がした。


 レイバンは、僅かに瞠目したが、気取られない

 よう、笑みに変えた。その笑みは何故か泣きそう

なものだった。


「……うん、期待してるよ」












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