第9話 la mort de la mère

 やっと泣き終えると電話が鳴った。出ると、子供の泣き声が聞こえた。息が震えている。まるで先程の自分のようだった。


「……どうした」


「う、お母さん……が! 殺し屋さん、助けて! 」


 聞き覚えがあった声だった。確信は無かったので

 子供にたずねる。


「メアリーさんのお子さんか? 」


 メアリーという名を聞き、電話の向こうの子供は

 頷いた気がした。


「う、うん。リリーっていうの。お願い、早く来て! 」


「わかった。今すぐそこに行く」


 電話を切り、コートを羽織り、メアリーの家へバイクで向かう。多少のスピード違反は許して欲しい。こちとら、早急に向かわないとならないんだから。


 早く、早くと焦りながらメアリーとの思い出を蘇らせていた。


 メアリー•ジョンソン。日系アメリカ人で、数年前、ロサンゼルスでの任務で怪我を負った時、路地裏で何も言わず、治療してくれて、それ以来、世話になっていた。


 二年ほど前、子供が出来たことでフランスへ移住して来た。連絡先は交換したが、殆ど会えずにいた。とはいえ、幾度のループで何度顔を合わせている。


 会いたいと思ってはいたが、まさかこんな最悪な形で再開することになるとは思ってもみなかった。


 温かいスープをくれた日、人の温もりを知った。

 服や、家具をくれた。他にも家にも泊まらせてもらった。メアリーに多く、教え、与えられた。


 彼女との思い出に浸かりながら、彼女の住むペイ•ド•ラ•ロワールにある家へようやく着いた。家の扉は開き、足早にリリーの元へ行く。


 リビングでは、ソファーに座り、リリーが顔を両手で覆いながら泣いている。その証拠に肩を震わせていた。死臭が匂い、顔を顰める。床には、血だらけのメアリーが転がっていた。


「……メアリーさん」


 ゆっくりとメアリーに近付く。メアリーの遺体は、床に転がっており、冷たい。肌の色は既に白くなっていた。何度も、何度も彼女の死体を見てきた。悲しいとは思えど、涙は出なかった。


 メアリーを抱き締める。四肢を触る。既に死後、数時間は経っている。首都から距離は余程かかるから。それでも、早く来れなかったことを悔やむ。後悔が頭の中を駆け巡る。


 レイバンに、泣くのは恥だと言われた。せめて泣くのは全て終わってからにしろと教えられた。しかし、終わったとしても泣けやしないだろう。人は死を初めから受け入れられない。衝撃で泣けない。


 リオネルは思い出していた。メアリーには、笑えと言われ、よく頭を撫でられた。その手の感触が、伝わる温かさと優しさが今も心の中に残っている。


「私、ちょっとお父さんを見てきます」


 静かにリオネルに伝え、リリーが二階へ向かった。耳をすまし、確認した。そして、メアリーの周辺に何か証拠となるものは無いかとくまなく探した。


 父親は、寝ていたが、殺害していないという証拠はない。娘のリリーもだ。死体が証人となることはない。何も言わないのだから。


 ふと、目に留まったものがあった。手に取る。くしゃくしゃの白い紙だ。広げると、リオネルは書いてあった言葉を見て瞠目した。息を吐き、そして、メアリーの遺体に目を向け、心の中で礼を伝えた。




 誰かが足音を立てずにリオネルに近付く。そっと、そっと……。気配を殺す。


 そして、すぐそばにやって来た。ポケットに手を入れ、何かを取り出した。その物をリオネルに向けた。


 ……パンっと、何かが破裂する音がした。その後

 に床に落ちる音もした。リオネルは自身の拳銃を素早く取り出し、ナイフを落とした。銃口から煙がのぼる。


「……子供がそんな物を持って何をするつもりだ」


「りょ、料理を作りたくて」


 語尾が震え、動揺している。目も泳いでいた。

 明らかに嘘だと見抜ける。泣いて、誤魔化そうとしているが、リオネルには通用しない。


「…さっきまであんなに泣いていた子供が、か? 」


「な、何よ」


「……お前、あの人を殺したんだろ」


 僅かにリリーは動揺した。が、気付かれないと思い、黙った。それが肯定と取れた。リオネルは言葉を続けた。


「……woman comes to killって、床に転がって

 た。くしゃくしゃの紙に書いてあった。お前は子供だから違うと勘違いしそうになった。けど、お前の言動にはおかしな点が複数あった。子供が、難しい言葉は滅多に使わない。聡明な子供や、時折真似をする子供を除いて。メアリーさんはお前のことを、無邪気で殆ど勉強なんかしない子供だって言っ てた。父親は、忙しくて誰もそんな言葉教えなかった」


「……お前は、子供だ。だが、覚えてしまった。携帯端末や、パソコンで、誘惑や、魅了する言葉、女性が多く使う言葉を。理由は父親に恋してしまったから」


「……」


「……挙げ句の果て、誘惑し、父親と体を繋げてもいた。違うか? 」


 図星ともいえる反応で、リリーは口を閉ざしていた。女の子供にはよくあることだ。父親と結婚したいだなんて言い出すのは。


 けれど、まさかそれをずっと覚えていて、13歳とまだ発達していない子供が父親に恋し、魅了し、体を繋げるなんて。様々な、行為をしなければ金が手に入らず、生きていけない者達もいる。


 けれど、彼女はただ自身の欲求を満たしたいが為に母親を殺害しただけだ。身勝手にもほどがある。


「……あいつが、あいつが! 私と彼の間を邪魔するから! あいつがいなければ私達は! 」


「……お前の母親だろう。それに、なぜそこまでし

 て父親にこだわる」


「彼は……彼だけが私を認めて、約束してくれて、愛してくれたのよ!邪魔したから殺されたのよ、自業自得よ! そして、あんたも……死ぬのよ! 」


 落ちたナイフを拾い上げ、リオネルに向かって振りかざそうとした。が、リオネルの方が動きは早かった。


 リオネルはリリーの腹を強く蹴る。リリーの口から唾が吐き出され、まだ子供であり、弱いと自覚していなかった彼女はそれを忘れ、気絶した。






 サイレンが鳴り、赤色灯があたりまで光る。リリーは、気絶しているまま、警察は連行された。


「お前が殺さないなんて珍しいな」


 知り合いの刑事であるエイダンはそう僅かに驚いた。リオネルが信頼している刑事といえば彼くらいしかいなかったので真っ先に連絡した。


「……死よりもっと良い苦しみがあるんだったら俺はそちらを選ぶます。メアリーさんを殺した罪はそう軽くない」


「それで、気絶させたか」


「……私は捕まらないって余裕そうだった」


「へぇ」


「…無垢な子供を演じてれば良いから。みんな騙されるからって、俺にはそう感じ取れた」


「そうか。……恐らく、彼女は殺人罪で無期懲役か、終身刑か。明確な殺意もあるしな」


「……」


「お前にも、話聞くからな」


「はい」


 サイレンの音が静かな住宅街に響き続けた。

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