第8話 invincible
目を閉じていたリオネルは、素早く腰から取り出し、カチャっと、音を鳴らし、拳銃を頭上に向けた。
「ここへ何をしに? 」
投げかけた言葉に銃口を額に当てられた男は応えない。ただ、見えている目があの時のように爛々としているだけだ。
「久しぶりだね。……数年ぶりかな」
口を開いたかと思えば全く見当違いの言葉を出す。この状況でなつかしむ馬鹿がどこにいる。彼くらいしかいないだろう。あ、いたか。一人。
「……質問に答えて下さい。退屈だから来たんですか、俺が復讐相手を未だに見つけられないから」
「そうかもね。退屈だから、あれだけ人を殺しちゃったよ」
違う意味で捉えると、自分のせいで罪の無い者達が死んだと諭されている。そんなわけがないと思いたい。普段から人を殺している自分が言えることではないが。
「……そうかもしれません。けど、俺は諦めないですから。復讐相手を見つけ出すまで、あなたを止めるまで」
殺し屋は頼まれたら殺す。嘆き、悲しんでいる者達に。無差別に、人々を殺すことだけは絶対にしない。
たとえ、全員が全員、善人でなくとも、命を奪うのは正しくはない。殺し屋の自分が言うのは説得力の欠片も無いが、今までの経験でそう感じ取れた。
「本当に? 」
「……はい、あんたを本気で止めます」
「じゃあ、僕が持っているこのダガーを手から
落とせたら信じてあげる」
中々に煽るものだ。ソファーから起き上がり、レイバンがいる正面を向く。狙いを定めて、レイバンを撃つ。連射する。
が、レイバンは体が柔らかいのか、順応に避けていく。それはそうだ。ずっと足元だけに撃っている。
「それじゃ、僕は止まらないけど? 」
「大丈夫です。もう終わるので」
レイバンが、リオネルを煽るのも想定済みだった。そうやって自分を成長させた人だから。隙を突いて、ダガーを持っている腕に弾丸を撃った。
運良くレイバンはギリギリで避けたが、腕に弾丸がかすり、傷となった。少量の血が流れる。ダガーは床に落ちている。その割に想定していたのか、驚きもしない。瞬きを一つこぼしただけだった。
「信じる、君を。……それじゃ、楽しみにしてるよ。リオネル」
まるで愛する者を見るような目つきでリオネルに
視線を向けていた。今までそんな目をした時なんて無かったのに。今更認められたのかと嘲笑した。
半年、体を作り、その後、殺し屋として名を馳せていたにもかかわらず何の音沙汰も無く、気にかけて来なかったくせに。レイバンに対して苛立ちを覚えたが、向けたところで何もならないと分かっているから、息を吐いてそれ等を抑えた。
レイバンは、次はブルゴーニュ•フランシュ・コンテで無差別殺人を行うと宣言し、去った。彼は本当に実行するだろう。それ程の力と、部下を率いる力がある。半年、近くで見てきたから分かってしまう。
このストレスを発散したいが、ピアノは調律中で弾けない。なら、残りは一つ。……冷蔵庫から出したのは、数本の缶。勘違いしないで欲しいのは、酒ではなく、缶コーヒーだ。
プルタブを開け、一気に飲む。今日は一人酒で、ストレスを解消しよう。そう思っていた矢先だった。
事務所、廃墟のインターホンが鳴った。体を起こし、玄関へ向かう。そこには、郵便配達員がいた。
「どうぞ」
手紙を数枚と、何やら一つの段ボール箱を受け取る。……危険物では? 安易に想像がつく。
手紙の封を開く。差出人は不明。しかし、幼い頃からどこにいてもなぜか届く、自分を見守ってくれている人の手紙。
『君の為のコートだ。受け取ってくれ。』
それと、リオネルを気遣う言葉だけの手紙。しかし、それだけで良い。リオネルの心の支えだ。短い言葉でも気持ちは伝わってくる。
そして、箱を開けると出てきたのはいかにも、高級品。しかも、リオネルのためだけのオーダーメイド品。
リオネルがコートを欲しいだなんて誰も知らない筈なのだ。時折、ショーウィンドウで見かけて気になっていただけで。
手紙をもう一度読む。……ああ、忘れていた。ずっと、ずっと、この手紙はループしてもいつも送られてきたんだ。
なぜ、忘れてしまっていたのか。リオネルは手紙を持つ力を強めた。紙の端はぐしゃっと、しわがつく。歯を食いしばる。しかし、しゃくりをあげてしまう。口を開けると、おかしな声が出る。涙で視界が歪む。
文字に透明の雫が落ち、インクが滲む。リオネルは堪えきれなくなって手紙を胸に抱え、慟哭した。
それはリオネルがループしてから漸く泣けた日で
あった。
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