第7話 Groupe d'assassinats décès

 テレビを眺めていたリオネルは、ニュースで、

 流れる事件に目を離せなかった。このところ、

 イギリス、アメリカ、ロシア、ドイツと、未解決

 殺人事件が起こっていた。


 それも、政府や警察でさえ手が出せない暗殺集団。名をモール。フランス語で死という。殺し屋の自分や、マリユスでさえも、手を出せない団体。それ以上の悪がいるとは。


 首領は、レイバン•ジラール。目元だけ晒し、口元、髪は全て布で隠されている。その為、正確な顔は分かっていない。名も偽名で戸籍すら調べられない。


 誰にも正体を明かさない、本当の姿から誰も知らない男。……この男だけは忘れられなかった。リオネルにとっては。





 それは、殺し屋になる前。マリユスと出会う以前。幼少の頃、両親が死に、家を失い、彷徨っていた時、白い布を被った男が目の前に現れた。


 美しかったのを覚えている。特徴的な金の目は、

 リオネルを捉えて離さなかった。


「君は、独りなのかい? 」


 男の声は、中性的で、けれど、男性らしくもあり、威厳があった。不思議と耳にこびり付いて

 離さない。まるで洗脳のよう。


「……そうだと言ったら」


「君のご両親が死ぬ場面を僕は見た。悲惨で、沈痛な思いになったよ」


 現場に居たわせたかの如く、悲壮感を漂わせる。

 彼の言葉は誰かを従わせる威圧を与える。政治家の演説のように。


「あんたなら、止められたんじゃないのか? 」


 見ていて止めなかったこの男に怒りが湧いた。

 思わず、たらればの話をしてしまったが、男は口を噤み、首を横に振った。その仕草はまるで子供を言い聞かせるようだった。


「良いや、止められないさ。それが運命なら。運命に抗う方が、僕は死ぬべきだと思うけどね」


 何も言えなかった。言ったところで正論を重ねられる。反論の術は無い。


「僕だって初めは運命に抗おうとしていた。けれど、無駄だと悟って諦念した。神の定めたに僕等、人間は断じて逆らえないようだから」


 けれどと、男はいう。リオネルに近付き、跪き、目線に合わせる。リオネルを見つめた瞳は何を考えているのか全く読み取れず、深い闇があるだけだ。


「君は、どうしたい。悲しみ続ける運命に従うか、

 抗って、復讐をするのか」


「……復讐して良いの? 」


 多くの人間は、復讐は決してやってはいけないと

 いう。倫理に背くと、ただ虚しさが残るだけだと。疑問に思っていた。


 何故? 何故、仇を討ってはいけないのか。

しても、しなくても、家族は一生苦しむ。


 けれど……所詮人が定めた法で、許されて、のうのうと、牢屋から出て生き続ける加害者を許せないことの何が悪いのか。


 人が定めた倫理を守り続けて、加害者に情けをかけて。それで悲しみが消えるというのか。消える筈無い。だったら、自分は復讐を選ぶ。倫理に背いても良い。ただ、この行き場の無い感情は赤の他人に止められる筈も無いのだから。


「ああ。他人に聞かなくても、自分で分かる筈だ」


「…やる。俺、お父さんと、お母さんの仇を

 討ちたい」


 それを聞いて、男は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。なぜ、男が嬉しそうなのかは当時のリオネルには解せなかったが、今なら理解出来た。


 運命に抗うリオネルが羨ましかったのだ。自身には決して出来ない、選択し得ないから。


 それからリオネルは、フランス南部の山奥に位置する政府すら把握できないであろうカモフラージュがされている建物で、レイバンと共に体づくり、拳銃、暗器の練習、武術、と必死に日々鍛錬をしていた。


 全ては復讐の為に。その間にレイバンの印象は必ずしも彼は善人ではなかった。それでも良い。人間、善人など多くはいない。偽って善人として生き、称賛され、承認欲求を満たしたいだけだ。

 そして、必ずリオネルの復讐を止める。分かる筈もないのに共感をして、戯言をほざいて。


 だから、善人に縋ることなく、レイバンに縋った。善人は止めるから、必ず。確証は持てないが、予想は付いている。永遠に苦しみ、加害者を恨み続けるよりはマシだ。その方がもっと、辛い。


 数時間の鍛錬が終わり、床に膝を付く。息が荒く、こめかみから汗が大量に流れ落ちる。


「半年、鍛錬し続けた。君は、成長したね、リオネル」


 甘く、優しい口調。飴と鞭の使い分けがよくわかっている。彼の部下達がついて行きたくなる

 のも理解できる。リオネルは汗を拭い、立ち上がる。


「ありがとうございました、ここまで教えて下さって」


「君の為……かもしれないし、そうでないのかもしれない。ただ面白いものが見られそうだからね。頑張ってやっておいでよ、新人君」


「はい」


 と、別れてから数年の月日が経った。未だ両親を殺した者が見つからないのは、目を瞑って欲しい。手がかりの一つでさえ、無いのだから。


 警官と知り合ってからもだ。有益な情報は無い。

 それと同時に日に日に、復讐の炎は昂っていく。消えることはない。


 ソファーに腰掛けていたリオネルは、両手を伸ばして背伸びした。疲れた。眠ろうとした時だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る